俳句スポーツ説(波多野爽波)

あれこれと水泳談義をプールサイドでやっている暇があったら、プールに飛び込め。これが水泳の上達法です。俳句の「芸」を磨く早道もこれと同じ。例えば「写生」ならスポーツと同じく、物に即してすぐに対応できるように修練しなければなりません。
これが波多野爽波先生のいう「俳句スポーツ説」です。

私は中学、高校と野球小僧でした。とにかく野球をしている時が唯一生きていると実感出来る少年でした。高校生になり、すごい連中があちこちから集まってきて、監督から「お前は低めの球が打ってるようにならないとレギュラーは無理」と云われていました。
私は膝の高さのコースを想定して暇さえあれば素振りをしました。そんなある日、フリーバッティングで軽く素振りの感じで打った打球が外野手を軽々とオーバーしたのです。次の球も、その次の球も同じでした。いつの間にか体が自然に低め球に対応できるようになっていたのです。
この体験はその後の私の人生において様々な事で大きな自信を与えてくれました。俳句を始めて波多野爽波先生の「俳句スポーツ説」に出合った時もこれだと思い実践してきました。


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by haikutarou | 2017-09-02 17:14 | たかが俳句されど俳句 | Comments(0)