山本健吉の現代俳句(その1)

俳人たちの名句の裏側を覗いて見たいと思って、今日から山本健吉著の現代俳句を読み始める。


行く我にとどまる汝に秋二つ   正岡子規

柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺

いくたびも雪の深さを尋ねけり

鶏頭の十四五本もありぬべし

五月雨や上野の山も見飽きたり

糸瓜咲痰のつまりし仏かな

どの句も多くの人に語り尽くされている有名な作品ばかりですが、殆どが病床での作句でこんなにも穏やかな俳句が詠めるものだろうかと思いながら、使命感もあったと思うが、俳句が好きだったことは間違いない。

「蝸牛(ででむし)の頭もたげしにも似たり」

著者(以下山本健吉)も自嘲の気味であり、自慰の気味もある。角を振りながらおずおずと頭をもたげる蝸牛に似た感じで、病床からそっと頭をもたげているのあろう。
私だったら、こんな俳句ばかり詠んでいる気がするが、そこが非凡と凡々の違いなんだと思う。


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by haikutarou | 2017-09-07 06:00 | 名句鑑賞 | Comments(0)