山本健吉の現代俳句(その5)

  てのひらに落花とまらぬ月夜かな   渡辺水巴

  年の夜やもの枯れやまむ風の音

 「人一倍潔癖な彼には、時候や時刻について独特の好悪があったに違いない。そして深く繊(ほそ)く沁み透けるような清洌の感じを好んだ彼としては、時候で言えば秋、時刻で言えば夜のしらじら明けは、もっとも愛惜したものであったであろう」著者のこの言葉に尽きる渡辺水巴の俳句だと思う。私には唯々次元の違いを感じる。
 (てのひらに)の句、手に触れんばかりにちらちら落ちる花弁を「落花とまらぬ」ときっぱり言い切ったところ、美しいかぎりである。何か目を半眼に閉じて落花の息づきをとらえてたというような思い入った風情がある。(著者の解説)
 (年の夜)の句、除夜の風音に蕭殺(しょうさつ)の響きを聞きとめたものだ。「もの枯れやまぬ」というずばりとした言い方は水巴の独壇場で、このような断定の美しさを水巴は持っている(著者の解説)



  かたまつて薄き光の菫かな   渡辺水巴


 これも水巴の代表作の一つだそうだ。この句は私にも何とか理解できるが「薄き光」という言葉は詠めないと思う。

 「かたまった薄色の菫という平凡なありようが、これほど美しく、ほのかに、また暖かく言い取られたといういうことは、驚異に価するものである」べた褒めの著者。

俳人たちの名句の裏側を覗いて見たいと思って、山本健吉の現代俳句を読み始める


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by haikutarou | 2017-09-16 19:40 | 名句鑑賞 | Comments(0)