春を待つ

咳込めば野面揺らすは何者ぞ
この里や終の住処と春を待つ
早梅や読経漏れ来る大伽藍
堰落つる水に雪解の濁りあり

この歳になり、最後をいかに迎えるか、生涯一番の大仕事のような気がしている。だからといって、こればかりは自分の力でどうにかなるものでも無さそうである。私が59歳のときに、田舎に長い間ひとり暮らしをさせていた母に余命半年という喉頭癌が宣告された。父を早くに亡くして、幼子四人を育てあげた母の苦労を知っているだけに一人暮らしをさせているという負い目が常にあったから、母の余命宣告は私を狼狽させた。当時会社では早期退職制度あり、その制度で会社を退職して田舎で母と残りの期間を暮らす決断した。母の生まれ故郷や親戚の墓参りし、手料理の味付けを教えてらったりしながら、結構充実した日々だったことが、ある日突然の母の訃報でなかった幸運を噛みしめたものだ。それでも今も思う「お母さん、あなたの一生は何だったのでしょうか」と

(寒緋桜)
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by haikutarou | 2018-01-29 13:35 | 「西瓜の種」(自作句集) | Comments(0)