桃の花

湖尻にはホテル一軒桃の花
春霞塩田平の仏たち
山下る里は杏の花盛り
朝練の声の太さや冴返る

 「俳句を読む」とはどういうことだろうか。この事を理解してくると句作の内容が大きく違ってくる気がします。
 小説や長編詩、俳句に一番近い短歌でも作者は自分の表現をいかに読者に理解してもらいたいかに力を注ぎます。だから作品の評価は作者の力量が全てです。
 ところが俳句は作品に直接に表現されてない部分を読み解いて楽しむ文芸なのです。簡単にいうと作者と読者の共同作業でその作品の評価が決まります。過去の作品が名句として現在に残っているのは優れた読者(選者)がいて明快に読み解いた結果なのです。
 判ったようで判りずらいかも知れませんが、長くなるので結論をいいますと、読者(選者)を喜ばす俳句とは読者(選者)に余韻という読み代があり、その余韻が大きいほど名句として評価されます。
 〈友情よアスパラガスに塩少々  田中美子〉
 さてこの俳句はどうでしょうか?友情とアスパラバスは全然関係ないと思いますがここに「塩少々」が加わることで何か面白いい風景が見えてきませんか?これが余韻です。

a0376672_20241782.jpg



名前
URL
画像認証
削除用パスワード
by haikutarou | 2018-03-21 21:51 | 「西瓜の種」(自作句集) | Comments(0)