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立秋次候『寒蝉鳴(ひぐらしなく)』

実家の熊蝉の蝉時雨「シャーシャーシャーシャー」は強烈な夏の風景でしたから、関東にきてあの蝉時雨がなくてしばらくは盛夏の気がしませんでした。今でも無性に蛙の蝉時雨が恋しくなる時があります。

実家では蜩の鳴き声を聞いた記憶が無く、蝉の種類も西と東ではずいぶんと違うものだと感じていました。


田舎では8月の裏盆は実家に墓参りに行く習慣があり、母に連れられて隣村まで木炭バスで墓参りに行っていました。

母は網元のお嬢さんで、農家の跡取りだった父との結婚の条件に「農業はやらない」という条件を出したそうです。父も祖父も困ったと思いますが、私も子供心にも母は美人だと思っていたくらいですから、父が惚れていたのか、母の条件をのんで、裸一貫、満州で一旗揚げるべく二人で異国の地に渡ったそうです。


その蜜月も長くは続かず、日本の敗戦で別々に帰国、父は敗戦で大混乱の祖国で

何とか仕事と住み処を確保して実家で待機の母と私を高松市に呼び寄せましたが無理がたたって父の体を病魔が襲い、「子供たちを頼む」が最後の言葉だったそうで、まだ三十代後半だったはずです。


結局、母はあれほど強く拒否した農業を、幼児4人を抱えてやらねばならないはめになりましたが、再婚は子供たちが可哀想だからと頑張り通した根性は凄い女性だったと思います。殆どが手作業の当時の農作業はお嬢様育ちの女性にはどれ程過酷な事だったか想像すら出来ません。

ほかでどうだったが知りませんが、私たちには父の悪口も愚痴の一つも聞いたことありませんでした。

結局、母も父に惚れ込んでいたのかも知れません。


あまり昔の事を話さない母でしたから、途切れ途切れに聞いた母の話をこうして、文字にしてみると、改めて母の凄さと有り難さが胸に染みます。

当時は誰も大なり小なり生きる事に必死だった時代ですから、自分が凄いことをしていることさえも判らなかったのかも知れません。


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Commented by pata-001 at 2019-08-13 09:01
お母様は芯の強い、ご立派な方だったのですね。
正に母は強し・・・でしょうね。
昔の母親は本当に我慢強く、女性蔑視の世の中で何通りの女性おも演じてきたんですね。
妻、嫁、母・・・女の部分は脇に置き・・・
現代の女性は・・・女が表に出る事件が後をたたず、子への虐待は心が痛みます。
我が母も、耐えた人生だったように思います。
その存在は追い越そうにも、追い付く事すらできません。

ワタシの子育ては?…振り返れば後悔ばかりです(-_-;)
Commented by minoru2703 at 2019-08-13 10:16
おはようございます
ジーンとくる話でした

お盆になると亡き者思い出しますねえ
おばあちゃん子だったのでタワシの場合は祖母に思いを馳せています
Commented by haikutarou at 2019-08-13 19:51
> pata-001さん
こんばんは、いつも有り難うございます。
母が立派だと息子の出来が悪いというたとえ通りの我が家でした。

昔と言っても、たかが5,60年前なのに、この違いは何なのでしょうか、
まるで別の国を見ているようで胸が痛みます。
やはり、急激に変わった世の中に対応出来ないのだと思います。
私ももう一度子育て遣り直してみたい気がします。
別に手抜き無く、知恵が足りなかったことを悔いています。
Commented by haikutarou at 2019-08-13 19:55
> minoru2703さん
有り難うございます。
「お盆」という習慣いいですよね。
間違いなく祖先あっての現在であり、自分の存在なのですから
年に一度ぐらいは祖先に思いをはせるお盆は何時まで残してほしいですね。
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by haikutarou | 2019-08-13 07:15 | 七十二候 | Comments(4)