カテゴリ:日日闊達に(日記)( 44 )

青い空

この時期になると、我が家の居間の正面から朝日が昇ります。正月の初日の出はまさに真正面に拝むことができます。方向的には江ノ島から横須賀辺りでしょうか。冬の澄みきった日にスカイツリーが展望できます。

今朝の朝日朝刊の天声人語は『青空を求めた50年』というタイトルで大坂の西淀川公害訴訟史を書いていました。当時、タクシー運転手だった森脇君雄さんは昼間でも前照灯をつけて走っていたそうです。そういえば、東京の空も年末年始の連休のときは明るく展望が効いて双眼鏡を覗きながら興奮したものです。それが、いつしか平日も違和感がなくなって居たのは、森脇さんたちの公害と闘う日々があっての成果なのですね。


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by haikutarou | 2018-12-14 08:00 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

鴨と翡翠

 一昨日、いつもの川土手を歩いて鴨と翡翠が仲良く(?)餌を漁っている光景に出くわしました。5,6羽の鴨が川底に嘴を差し込んで食事中でした。そこに水面にせり出した小枝に翡翠(かわせみ)来て、あのダイビングを始めたのです。何度もトライして3度に一度位は小魚をゲットしています。私の想像ですが鴨たちが掻きまわした水底の小魚が驚いて逃げ出すのを翡翠が狙っていたのだと思います。初めて目にした鴨と翡翠の共存でした。

 野鳥撮影には超望遠レンズと三脚が必要なのは判っていましたが、手持ちの300mレンズで撮りましたが、やはり写真になっていませんでした。

 野鳥撮影は待つという忍耐力と一瞬のチャンスを写し止める集中力が必要で私にはとても真似の出来ない憧れの被写体で、邪魔をしないようにそっと通り過ぎて行きます。



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by haikutarou | 2018-12-12 10:08 | 日日闊達に(日記) | Comments(2)

夜長と俳句

段々と寒さのつのる夜長を恙なくお過ごしでしょうかと、山向こうに呼びかけても虚しく風の音ばかりです・・・

私も季節の変わり目の日々が身にしむ齢になってきたようです。一昨日の] 前日との温度差がなんと10度だったとか、老いの身には応えます。

私は俳句を始めたのが60歳過ぎでしたから、晩学俳句はいささか荷が重すぎたのか、寝る間を惜しん励みましたが肝心な所が一向に身に付かない、夜が長いと感じたことなかったですね。

俳句は本当に奥が深く、これでかこれでもかの連続でやっと基礎をマスターできたかなと思った時に、「ふとここいらでいいか」という気持ちが芽生えて来ました。最近は変わりゆく日々の想いを素直に詠めればそれ楽しいという心境になってきました。そしてもう一つ俳句の楽しみは俳句作家の名句に感銘しながら辿っていくことです。本音をいうと此方の方がよほど楽しいです。



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by haikutarou | 2018-12-08 10:39 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

潮騒とアロエ

 しばらく潮騒を聞いてないなあと思うと無性に海を見たくなり電車に飛び乗り伊豆に向かいます。伊豆半島を自力で歩くには一寸広すぎて、車があればいいなと思いますが免許証を返上しているのでレンタカーも仕えず諦めて歩きますがやはり伊豆は車が必要で妹が車を手離さないが納得させられます。

この時期に伊豆の海岸沿いを歩くとアロエの朱色の花が目に付きます。アロエは外来種ですが人間が我が国に持ち込んだものでなく、海流によって列島の南岸運ばれそれが野生化した珍しい植物なのです。歳時記によっては季語として採用してないものもありますが冬の季語と定着しつつあります。


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by haikutarou | 2018-12-06 09:53 | 日日闊達に(日記) | Comments(2)

見事な冬紅葉

 一昨日の道了尊で見応えある紅葉を見る事が出来ました。それは、石段を登って来た人誰もが思わず「おお」とか「わあ」と声を発するほどの真っ赤に燃え盛る見事さでした。(画像参照)

私は全国の紅葉、黄葉風景を見てきましたが一本の木の紅葉としては最高級レベルだと思う位に感動が心に染みわたりました。

これまで忘れる事の出来ない紅葉(黄葉)として、尾瀬沼周辺の草紅葉、穂高連峰の登山口の涸沢のナナカマドの紅葉、青森の酸ヶ湯温泉周辺の黄葉も感動でした。

強烈な感動した時は一旦体中が硬直した感じになり、そしてじわじわと緩んで体がその風景の中に溶け込んでいく感覚になります。言葉となるのは更にその後のような気がします。

(俳句では立冬以降の紅葉を「冬紅葉」として冬の季語としています)


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by haikutarou | 2018-12-04 11:06 | 日日闊達に(日記) | Comments(2)

道了尊

昨日は句会担当と南足柄大雄山最乗寺に吟行句会下見でした。

紅葉の最後、まさに燃え尽きようとしているところで一山の凛とした雰囲気に身の引き締まる思いで石段を登りました。

地元では道了尊という名称で親しまれているようでバス停表示は道了尊になっており、大小併せた仏閣が30はありそうでまさしく一山という感じで圧倒されます。

その一山を包み込むような凛とした空気感が四季折々の佇まい見せてくれ好きな処で何度か来ていますが信仰心の無い身にも何かを感じさせてくれます。この一山の守り神が大天狗さまであちこちに天狗が現れ、天狗蕎麦を食べ、下駄饅頭を土産に道了尊を後にしました。


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by haikutarou | 2018-12-02 09:48 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

今年も暖冬だが

 今年は「木枯一号」が吹かないようです。木枯一号が観測される条件として10月半ばから11月末日までの期間で気圧配置が西高東低、風速8m以上が設定されており、今日も穏やかな小春日和ですから、ほぼ可能性はないということらしいです。

 この冬はエルニーニョ現象で暖冬だそうです。年寄りの身には暖冬はありがたいのですが、地球温暖化が拍車をかけている気がして地球の未来が心配です。現在、この地球に生存している人間には大した影響は無いかも知れませんが、現在一歳の赤ん坊が70歳になり、その孫、ひ孫の時代には地球の危機感が現実味を帯びている可能性はあります。例え未確定情報であろうと、我々の子孫にそんな負の遺産を残して良いわけはありません。

例えば塵ひと粒くらいの効果しかなくても、私はファンヒーターの温度を半減して重ね着で着ぶくれでみようかと思っています。少年時代の事を思えば何でもないことです。


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by haikutarou | 2018-11-30 14:42 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

気持ち良い吟行

 昨日(11月27日)は久しぶりの句会の仲間と冬野を楽しく歩いた。

明け方までの雨も歩き始める頃には気持ち良い小春日和となり、何より体調の良さが気持ち良さに拍車をかけていたと思う。歩数計によると一万歩以上歩いていたらしいが、私に五千歩くらいの感じであった。

 余りの気持ちの良さに句会に投句した俳句は季語が抜けていたりと散々であったが、句会での先生の句評を参考に推敲したのがであり、何より昨日、其処を歩いたから頂けた俳句だと世話下さった担当に感謝です。

 以前お世話になっていた結社では、俳句を理由に集まって楽しく遊ぼうというというような句会だったが修行中の私はカリカリと俳句を作っていた、今なら皆と遊べそうな気もがする。

 何歳になっても「たら」「なら」がつくのが人生であり、今をしっかり生きているということだろう。


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by haikutarou | 2018-11-28 09:41 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

今朝の折々のことばは

「美しいものが美しいのではない。 美しく使われているものが美しいのだ」(高木基)の写真集『MA INTENANCE』の解説を取り上げていた。

私は大自然の四季折々の美しさにカメラを向けてきたが、確かに人間が作り使っているものにも目を向ければ美しく使われているものは多くあると思った。

内臓脂肪過多で控えているホルモン焼きの看板が夕暮れ空に輝いていた。駅前の小さな公園に私の好きなベンチがあり、その椅子に腰掛けている老夫婦の寄り添う姿も美しいと思うし、若いカップルの夢を語り合っているであろう様子もよく似合うと思う。

しかし昨今は盗み撮りしたともわれる画像がネット上溢れ過ぎている気がするから、にわかカメラマンには道義を求めたいし、作品として正面から向き合っている美しさを大切にいきたいと思う。



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by haikutarou | 2018-11-26 11:03 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

本棚の整理

この頃、本棚に並ぶ背表紙を眺めながら、これ、もう一度読んでみたいと思ったものを読んでいる。同時に、あの本をもう一度読みたいと探すが見つからない本もかなりある。きっと一時の気分で処分したのであろう。無いとなると無性に読みたくなるもので短絡的な気分を嘆いている。

私はある日、衝動的に本棚の整理をする癖がある。整理だから、現在に興味のある関連本が表側にでて、これは何時か読みたくなるだろうくらいの本は裏側に回っていき、裏側からもあぶれたものは廃棄される運命となる。120cm幅の7段という小さな本棚だから仕方ないのだが、現在は俳句関連が正面を占めて裏側にまで回る勢いである。

それにしても、俳句はなぜこんなに多くの本がたまっていくのだろうか。俳句に集中している期間が長いせいもあるが、何時か役に立つかも知れないと思うから捨てられないのだ。でも、いささか食滞気味で今回、思い切って大幅に処分して俳句以外のものも残せるスペース作った。


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by haikutarou | 2018-11-24 10:55 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)