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カテゴリ:日日闊達に(日記)( 87 )

ラグビー観戦記

試合開始、早々にトライを決められて、これはダメかなと感じながら、ゴーストのような映りの悪い4チャンネル、その内に音声も出なくなって、いつの間にか居眠りしてしまいました。


ふと目覚めて、画面に目をこらすと「28:21」「え、??」「うそ!勝ってるよ」

しかも残り時間12分でスコットランドに攻められてゴール前4,5メーターの所でもみ合っているではないですか「うそだろう」、瞼をこすります。

これは寝てる場合ではないと起き上がって正座です「がんばれ!がんばれ!」


スコットランドも必死です、負けると過去に一度しかないという予選敗退ですから・・・

日本チームて、こんなにガッツあったんだ・・・

いやいや居眠りしちゃって申し訳ない、逆立ちして横浜まで謝りに行くから、だから頑張って、押し返して!!・・・

と、訳のわからいことつぶやきながら片膝立てて「つぶせ!つぶせ!」・・・


ラグビーて面白いですねー贔屓チームが押してる試合は殊更です。

それにして、腹の立つ4チャンネルだよ、なんで、こんなクソチャンネルが独占中継しているんだよ、ホント腹が立つよ!!

後でNHKの録画放送をじっくり観戦しましが結果の判っている試合見ても興奮度が全然違います。


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by haikutarou | 2019-10-14 10:41 | 日日闊達に(日記) | Comments(2)

今日(11日)は句会の後で寄り道して映画『「最高の人生の見つけ方」主演、吉永小百合・天海祐希』を観てきました。

今回は久々に弾けた小百合さんの映画でした。

もしかしたらある決意をしての主演作かと思わせるような弾けた小百合さんでした。


小百合リストとして応援しつづけて50数年、だから此処は「小百合さん」と呼ばせてもらいますが実は、近年小百合さんの主演映画が公開される度にこれがマドンナの最後かと思いながら映画館にいっていますが、いやいや頑張りますね!!

この元気だとまだまだ続けられそうな勢いで嬉しいですね。


私が小百合さんの映画で一番印象に残っているのが『まぼろしの邪馬台国』吉永小百合・竹中直人主演で実話の映画化でした。(2008年11月公開)よほど気に入った作品だったのでしょうね。

老いを吹き飛ばして開き直った感のあった小百合さんはとても綺麗で輝いていました。流石、我がマドンナと惚れ直した映画でした。


あれから10年ですから、現在74歳(昭和203月生まれですから(公表データ)凄いですよね。

今作は殆どの画面に出放しの主演でしたからホントガッツあります。

現在、筋トレ始めたそうですから、まだまだやる気満々の感じで同年配の凄い人として励みにしています。


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by haikutarou | 2019-10-12 07:00 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

台風一過

昨日の急な大雨にはびっくりしました。

外の風が騒がしいなあ~と思いながら昼寝の最中でした。

「あ!」と気付いた時に、開け放していた窓から大雨がもろに部屋に降り込んでいました。私が気付くまでの時間がどの位だったか?多分10分ぐらいだと思いますが、窓際の絨毯が水浸しで雨の中のパター(ゴルフ)の練習が出来そうな状態でした。

いやいや、本当に驚きました。


台風の直撃は有り難くないが、その後の台風一過の清々しい大気の青空が好きです、まあそれはそうだ、私だってそうよという声が聞こえて来そうですね。


高山の山頂で台風一過の夕暮れ、朝の御来光の素晴らしさといったら、此の世の物とは思えない神々しさで誰でも大自然に首を垂れて崇拝者にされてしまいます。


これは余りお勧め出来ないが、台風の進路を計算して台風に当たるようにして、山小屋に入るという無茶な事もしたことがあるくらいに魅力的な高山での台風一過なのです。


現在はGPSに点ポイントの天気予報で安全登山は向上していると思いますが、昭和の登山技術に天気図を読む、書く、磁石を使って現在位置の確認は必修項目でした。私も我流でしたが結構無理な登山をやりながら「万事休す、もうダメかも」という非常事態は一度だけでした。これは運が良かった以外の何物でもなかったのかなと思います。


登山用品は高価ですが品質保証されたメーカー品を装着していました。この値段の差が万事休すの時の明暗を分けたと確信しています。それは現在でも不変だと思います。


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by haikutarou | 2019-08-17 07:06 | 日日闊達に(日記) | Comments(4)

山の日によせて

「山の日」という祝日もあるのですね。

現在は何と恵まれた登山環境だろうと昭和の山男は連休を取得することに四苦八苦していたことを思い出します。

やっと週休二日が定着しようとしていた頃で、まだ土曜日も繁忙期には予備出勤日(公休出勤)でしたから、週末を悠々と歩き出来る連中は出世を諦めたはぐれ者と見做されていたと思います。

当然の権利だった有給休暇も使わずに残すことが会社に協力的として人事に反映されていた時代です。

一週間の縦走登山届けを上司に提出すると別人種を見るような目で見返しされたものです。


やる事をやっての当然の権利だと強行していましたが、仲間の誰かが休日出勤で私のカバーをしていたのかもしれません。

でも、その休日出勤を経済的な理由で喜んで働いていた人もいた事も事実ですから長い間表面化せず続いたのでしょうね。

私だって山の予定の無いときは休日だっていとわず働きました。


そんな四苦八苦で連休を確保しながら、彼方此方とよく登りましたが、それぞれの山頂からの眺めに感動していたはずですが、今となってはぐちゃぐちゃになりつつあります。

でも北岳山頂のテントから顔を出して見た雲海のなかの富士山、槍ヶ岳の足のすくむような狭い山頂、億穂高山頂からみた豆粒のような富士山、北アルプス縦走での雲の平の赤い屋根の山小屋、高天が原の標高日本一の露天風呂・・・こうして並べてみるとぐちゃぐちゃの中でも思い出深い山歩き結構ありますね。


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by haikutarou | 2019-08-11 07:10 | 日日闊達に(日記) | Comments(4)

野日向子選手が海外女子メジャー『AIG全英オープンゴルフ』で接戦を制して日本女子では樋口久子さん以来42年ぶりとなる快挙を成し遂げました。

一日目から終始トップグループを守って、海外選初挑戦ながら堂々たる戦いぶりでの優勝に地元英国の応援者からも拍手喝采を受けていました。


渋野選手のことを書きたくて書きたくて2,3日前から、うじうじとしていました。

でも、これまで、私が事前に記事にすると、ゴルフでもテニスでも相撲でもトップを走っていた選手が途中腰折れするというジンクスが付いていて、栄冠を手にするまではと我慢に堪えてしていました。


また一人世界に通用する日本人女子が誕生してこんなに嬉しいことはありません。

今朝はすごい記念日なので金太郎の駄句はお休みです(テレビの前ですが応援疲れしたので、朝飯食べて一眠りします)


(画像はニュース番組から借用)

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by haikutarou | 2019-08-05 08:24 | 日日闊達に(日記) | Comments(4)

ラジオ深夜便が面白い

耳鳴りが気になり出してから、始めた事の一つに、家に居るときはラジオを掛け放しにしています。

そうして、明け方の4時からの「ラジオ深夜便」が面白いことを知りました。


7月23日は薩摩焼15代窯元、沈壽官さんの「薩摩焼400年の伝統ともに生きる」

豊臣秀吉の朝鮮出兵で薩摩藩主、島津義弘の連れ帰った朝鮮の技実者が産業として保護されて400年の15代の伝統を守る重みを抱えながら、修業時代をたんたんと語る15代沈壽官さんの言葉に眠気がさえて引き込まれました。


7月24日は埼玉大学名誉教授で国語学者の山口仲美さんで「古典が教えてくれた生きる力」で古今集の面白さを楽しそうに話す声の艶ぽさに引き込まれました。名誉教授だから、相当の年齢だと思いますが、大病(2カ所の癌)を古今集の面白さで打ち勝って、且つこの声の色っぽさは何なんだと思いましたね。


人生のキャッチフレーズみたいな事をいっぱい叫んでいました。

「恋人と喧嘩したら古今集を読もう」「出世しなくても生きていればいいんだよ、生きていれば面白いこといっぱいあるから」「やりたいことやらずに死ぬるなよ」

そうだなあと聞いていました。


沈壽官さんにしても、山口仲美さんにして「今を生きている」喜びを感じさせてもらえる人生の達人でした。

あなたの「死ぬまでにやりたいこと」なんですか?


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by haikutarou | 2019-07-30 07:15 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

「誕生日カード」

一昨日(7月10日)は思いがけず大勢の方からメッセージを頂き10歳は若返った気がして嬉しかったです。

メッセージを下さった方、「いいね」にぽちして下さった方、有り難うございました。

あの記事は直前まで書くことが無く、頭の中は真っ白で、ぼんやりと日程表を眺めていて「75歳誕生日」の文字が目に入り書き始めた記事でした。

最近、記事のタイトルが決まらない事が多くなった気がします。

一日おきにして、定型の「72候」を入れていますが、それでも直前まで決まらない事があります。そんなときは、読みかけの本をめくったり、本棚の背表紙を眺めたりしますが頭の中は真っ白です。

私が愛用している食品メーカーの「やずや」さんから注文品とともに、3冊の雑誌が入っていました。

『ココカラChange』、no1ちょっと視点をかえてみよう

『ココカラChange』、no2あたらしい冒険をしてみよう

『ココカラChange』、no3昔をふり返り、輝く未来へ

まだぱらぱらと捲っただけですが、ちょっと好奇心が湧いてくるような内容でブログ記事のネタにもなりそうです。
 

たまに、注文品の変更などで直接電話すると受付のお嬢さんが17年間ご愛用の大得意様と愛嬌を振りまいてくれます。

誕生日には配達日指定の手作りカードが届きました。嬉しい心遣いです。

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by haikutarou | 2019-07-12 07:10 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

日本百名山登頂の挫折

ど素人の夫婦登山で無謀にも百名山完登を目標にして半分の50座までは順調過ぎるくらいに来て、難関の北海道を片付けるべく10日間の休暇を取り、先ずは最北の利尻岳に挑戦すべく利尻島に乗り込んだの55歳の夏でした。

先日ブログ回覧していて、「つくしんぼ日記」さんが、利尻岳登頂記事を投稿されていて、途中下山した残念無念の事を思い出したのでした。

危惧していた天気が予想以上に悪化して、強風が吹いて、独立峰の利尻山頂はとてつもない風がふいているから無理と地元登山家の忠告に1日待つことにして隣の礼文島に渡り礼文薄雪草等を観察してしました。

翌日、山麓では風も弱くなり後の日程もありこれ、以上待てないと登頂始めたのですが高度上げるほどに風が強くなり、樹林帯を過ぎると這いずるようにして、何とか8号目の避難小屋まで行き天気回復を待とうとしたのですが、何かに掴まってないと吹き飛ばされる状態に掴まるものがない・・・

生きていれば、またチャンスはあるからとカミサンに慰められ涙の下山をしたのでした。

これがケチの付き始めでとうとう10日間で一座も山頂を踏むことなく、虚しい雨の観光旅行となったのでした。

それで、百名山熱もすっかり冷めたのでした。

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by haikutarou | 2019-06-30 07:10 | 日日闊達に(日記) | Comments(6)

句会の吟行で奥会津に田植え体験にいったのは2016年の五月末だった。

私には田植えなど珍しくもなかったが、代田の土の匂いに「おお、山口の田舎と同じ匂いだ!」結構その気になっていた(当たり前だけど)

本来は機械で植えるのを我々のために代田一枚を残してもらっていたのだ。

苗を持つ手で指折りする人もいて、後に控えている句会が気になって無邪気に初体験を楽しんでいられないらしい。

「森林の分校ふざわ」は廃校になった元分校を活用して宿舎で教室がそのまま寝泊まりする部屋だった。
「理科室」「音楽室」「家庭科室」と名前がそのまま残って懐かしさと教室の木の匂いが私たちをわくわくさせた。

食事は地元の奥さんたちが担当で手打ち蕎麦から鮎の串焼き、からみ餅等々歓迎してもらい、すっかり仲良しになっていた。

2泊3日で句会5座をこなし、もうくたくたで俳句はうんざり、と言いながら、帰りの電車の中で袋回しという俳句遊びに興じるとはホント俳句バカの連中でした。

ふざわ分校の皆様、その節はお世話になりました。
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by haikutarou | 2019-06-24 07:05 | 日日闊達に(日記) | Comments(4)

『山旅日和』

Windows95が発売されて我が国のインターネットの世界が急速に広がっていきました。しかし当時は画像1枚、音楽一曲をネットに乗せることは大変な作業で厳選に厳選を重ね、限界近くまで縮小していました。
グログなどという簡単便利な道具はなく「HTPM」全てを自分で打ち込んで作成する「ホームページ」という現在、企業PR用に使用しているもの原型しかなかった時代です。
HTPMタグという世界共通の言語用の分厚い辞典で探しながらページを作成していました。
当時、私は深田久弥著の日本百名山登頂を目指して日本列島を駆け巡っていましたから、全国の登山仲間のホームページでの山情報は安全登山のための貴重なデータでした。
貴重なデータを受けるばかりでなく、私からの情報発信もお互いの信頼には不可欠でしたから山のホームページ『山旅日和』を作成して情報発信していました。各地での山仲間とのオフ会も楽しかったなあ~
まだデジタルカメラなんてものはなく、フイルム写真をデジタル化していましたから費用も時間も掛かった時代でした。
デジタルカメラなるものが発売されてからも、しばらくは画素数が低く使い物にならない時がしばらく続きました。
国産初のデジタル一眼、「ニコンD7」が発売されたのが2000年頃だったと思います。例によって即、飛びついた私です。
それから山歩きが俄然楽しくなりました。
あれから20年・・・・・こういうのがあったらなあ~という当時の夢のはるか先をゆく現在の現実はただただ凄い!!と言葉もありません。
でも、負け惜しみでなく、あの時代の方が楽しかったと思います。
「北海の熊」や「秩父の狼」、「阿蘇の姉御」とか強烈な個性の面々でした。北海の熊さん・・・どうしてるかな~オコジョの写真撮りの名人でした。熊のような大男が夢中にオコジョを追いかけている姿には笑ったものです。
私は・・・もちろん「足柄の金太郞」です。

もう何度かブログに掲載した当時のお気に入り写真です。
標高日本一の「富士山」を二番目の「北岳」稜線から展望しています。
標高3000mという雲上の遊歩道です。
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by haikutarou | 2019-06-20 07:05 | 日日闊達に(日記) | Comments(10)