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カテゴリ:七十二候( 46 )

各地で稲刈りが盛んになる頃になるといつの間にか燕の姿を消していることに気づいて「ああ、燕が南方に帰ったな」と空を見上げたりします。


燕にとって日本列島は故郷であり、子育てのための大切な所なのです。

昔の学校では「燕は稲につく害虫を餌とする益鳥だから、大切にすべし」という教えがありました。それは家庭でも大人たちが率先して大切に扱う事が徹底されていたように思います。例えば自宅の鴨居や座敷に巣を作っても、下に糞を落ちないように巣の下に板を張ってやり一緒に寝起きしていた記憶があります。


燕の大敵は卵を狙う蛇で、それを寄せ付けない人家は最も安全あり、側の田んぼには餌が豊富にある、まさに最適の子育て場所だったことでしょう。

そうして、人間と燕の共存共栄が稲作の始まった弥生時代から続いてきました。

しかし、最近のたった50年の急激な変化はその蜜月時代を終わろうとしています。

昔の人は自然界の中の生き物として自分たちの限界をきちんと理解していた気がします。


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by haikutarou | 2019-09-18 07:00 | 七十二候 | Comments(1)

鶺鴒が盛んに人前に姿を現す頃です。

鶺鴒は我が国の固有種で古くは日本書紀にも現れて、特徴の尻尾を振ることでイザナギ、イザナミに男女の結合を教えた鳥として歳時記にも記載されています。


農道を歩いているとつつつと私の前に現れ「ご用ありましか?」という如くに首を傾げる仕草が可愛いですよね。


私は結構な数のブログをフォローして毎日の回覧を楽しみにしています。

最近はオーナーの名前と内容が一致しているブログも多くなり、一段と楽しみが増してきました。


野鳥カメラマンのブログも多くなり、野鳥の生態に興味がありますが、名前はなかなか覚えられません。梢や草藪での鳴き声で名前を言い当てるのは神業におもえます。


以前、山歩きの仲間に「歩く植物図鑑」と呼ばれている人がいて「覚え悪いわよ」と呆れられ、怒られながら必死に覚えた野草の名前も段々思い出せなくなってきてさみしい限りです。


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by haikutarou | 2019-09-14 07:00 | 七十二候 | Comments(2)

カメラの交換レンズでマクロレンズ買って夢中になった被写体は露の玉でした。

当時、川辺の山間に澄んでいましたから、朝露の多い所で夜明け直後は雨上がり後のような状態が毎朝続いていましたから登山用のカッパ着て歩いていました。


被写体で面白かったのは、里芋や蓮の葉っぱに出来る露の玉で葉っぱの上をころころと転がりなら大きくなったり、小さくなったりと変化していきます、そして夜明けの太陽が当たり始めるときらきら光りますから、フェンダーを覗きながら興奮したものです。

その感動とは裏腹に写し止めた写真は「違うんだよなあー」とため息ばかりでした。


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by haikutarou | 2019-09-08 07:00 | 七十二候 | Comments(2)

私は鎌とか包丁を切れ味よくする研ぎには今でも自信あります。

中学生の頃、稲刈りの時は早起きしてその日に家族が使う稲刈り用の鎌を5,6丁位研いでから学校に行くのが日課でした。

眠気半分に研いでは仕上げが悪いと次の朝にはその分も増えて10丁位の鎌が砥石場に並べてあります。

手抜きはするなと祖父の手厳しい無言の注意です。

砥石には荒研ぎ、中研ぎ、仕上げ研ぎとあり、手順通りに研いでいかないと刃こぼれしてすぐに切れが悪くなるからです。


鎌の先蛙は跳ねて飛蝗飛ぶ 金太郎


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by haikutarou | 2019-09-04 07:00 | 七十二候 | Comments(0)

ふと肌寒さを感じてちらっと夏も悪くないと思ったりしています。

この時期は気圧配置が不安定で野分(のわき)の気節でもあります。


俳句では野を分け、草木を吹き分ける荒々しい風を野分といいます。

台風の吹き荒れるようすが枕草子に記され、源氏物語の第二十八帖の巻名にもなっているように古い時代には台風のことを野分と呼んでいました。


『野分のまたの日こそいみじうあわれにをかしけれ 清少納言』枕草子より

(野分の吹き荒れた翌日は、大変にしみじみと胸に来るものあります)という訳で

枕草子の時代にも台風のあとは爽やかさを感じていたようです。


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by haikutarou | 2019-08-29 07:00 | 七十二候 | Comments(0)

私は子供頃、祖母の手伝いで綿摘みをした記憶があります。実が割れると中の真っ白い綿を取り出すのですが、殻が堅くて子供には難しく嫌いな作業でした。

綿の実が布団の綿になるまでには大変な作業でしたから母の代には綿の栽培は見掛けなくなっていました。


その頃、天気が秋らしくなってくると、男の子の遊びは磯釣りに集中します。

月明かりで釣る、鱸(すずき)、鯔(ぼら)は大味で食用としては余り喜ばれませんでしたが、大型魚でしたから釣りとしては子供を夢中にしていました。


釣りで喜ばれた魚は「かさご」で、刺だらけの不格好な魚ですがぶつ切りに

して味噌汁での味は母が最高と喜んで食べていました。

田舎では子供が遊びがてらの穴釣り魚でしたが、現在でも魚網等で大量に採れないから高級魚らしいです。


(追加)カサゴの呼び名で面白いのがありましたら紹介お願いします。


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by haikutarou | 2019-08-23 07:00 | 七十二候 | Comments(4)

昼と夜の気温差から深い霧が原野に立ちこめる頃です。春にも同じ自然現象が起こります。物理的なこの違いはよく判りませんが、俳句の季語でいえば「春は霞」「秋は霧」と使い分けています。テレビやラジオの気象予報士も大体これに合わせているように思います。


昨今の地球温暖化で春の訪れは早く、秋は残暑が長いという現象はどうでしょうか?統計的にどうだか判りませんが、その年の気圧配置に大きく左右されているというのが実態で、例年並みに初秋の気圧配置で云々という、「例年並」という気象予報士の言葉も段々と死語に近くなりつつあると思いませんか。


実際にそろそろ咲く頃だと出掛けますが目当ての花が咲いていなかったり、すでに散り際だったりする場面に遭遇する事が多くなり、私の作成している草花開花暦も役に立たなくなっているのが実情です。


往年の名カメラマン秋山庄太郎さんの言葉に「女性と花は美しく写さねばならない、それがカメラマンの使命です」があり、それを実践した大御所でした。私も共感して頑なに守ってきましたが、花の一番美しいのは開花直後であり、気象条件と自身の老化でなかなか難しくなって、シャッターを押す情熱が失せつつあります。

でも最近は皆さんのブログで拝見する美しい花の写真にうっとりと見とれています。


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by haikutarou | 2019-08-19 07:07 | 七十二候 | Comments(2)

実家の熊蝉の蝉時雨「シャーシャーシャーシャー」は強烈な夏の風景でしたから、関東にきてあの蝉時雨がなくてしばらくは盛夏の気がしませんでした。今でも無性に蛙の蝉時雨が恋しくなる時があります。

実家では蜩の鳴き声を聞いた記憶が無く、蝉の種類も西と東ではずいぶんと違うものだと感じていました。


田舎では8月の裏盆は実家に墓参りに行く習慣があり、母に連れられて隣村まで木炭バスで墓参りに行っていました。

母は網元のお嬢さんで、農家の跡取りだった父との結婚の条件に「農業はやらない」という条件を出したそうです。父も祖父も困ったと思いますが、私も子供心にも母は美人だと思っていたくらいですから、父が惚れていたのか、母の条件をのんで、裸一貫、満州で一旗揚げるべく二人で異国の地に渡ったそうです。


その蜜月も長くは続かず、日本の敗戦で別々に帰国、父は敗戦で大混乱の祖国で

何とか仕事と住み処を確保して実家で待機の母と私を高松市に呼び寄せましたが無理がたたって父の体を病魔が襲い、「子供たちを頼む」が最後の言葉だったそうで、まだ三十代後半だったはずです。


結局、母はあれほど強く拒否した農業を、幼児4人を抱えてやらねばならないはめになりましたが、再婚は子供たちが可哀想だからと頑張り通した根性は凄い女性だったと思います。殆どが手作業の当時の農作業はお嬢様育ちの女性にはどれ程過酷な事だったか想像すら出来ません。

ほかでどうだったが知りませんが、私たちには父の悪口も愚痴の一つも聞いたことありませんでした。

結局、母も父に惚れ込んでいたのかも知れません。


あまり昔の事を話さない母でしたから、途切れ途切れに聞いた母の話をこうして、文字にしてみると、改めて母の凄さと有り難さが胸に染みます。

当時は誰も大なり小なり生きる事に必死だった時代ですから、自分が凄いことをしていることさえも判らなかったのかも知れません。


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by haikutarou | 2019-08-13 07:15 | 七十二候 | Comments(4)

本格的な夏が始まったばかりなのに、暦の上では秋です。

夏の季語にうんざりしていたから、さあ今日から小さい秋を見付けに歩きましょうと気分一新です。


でも七夕も西瓜もお盆も秋だといわれてもね~

これは殆どの歳時記が旧暦で組まれているからで、最初の頃は何だこりゃ(?)とカリカリしていましたが慣れてくると上手く誤魔化す手立ても覚えたりして気にならなくなります。


俳句は季語の本意を基本にその気節を詠むのが主流ですが、「属目詠」という詠み方もあります。属目とは自然の中で目に触れたものを吟ずることをいいます。

現代、私はこちらの方が多いかもしれません。


西瓜畑の側の農道を歩いていると、西瓜の手入れをしているおじさんが「美味しくなってきたからひと玉持っていきなよ」と声を掛けてくれます、いつも色々と質問して農作業のこと教わり俳句ネタにしていますから弟子くらいに思っているのかもしれません。せっかくの好意ですから小さい玉をぽんぽんと叩いて「OK」とプロの味保証を得てバッグにいれます。 

「ひと玉をもつて行けよと西瓜番」こんな句が出来たら夏の句会だって投句します。それが自然あり、属目詠だからです。

 

俳句の初学の頃は「あれもダメ」「これもダメ」と禁止項目ばかり注意されていた気がしていましたが、早く基本の形を覚えるための方便であり、実際は何でもありなのなのです。

それは、俳句は文芸であり、詩情があり、読者が驚くような発見が詠み込まれていれば、多少の枠から外れていても秀句なのです。


金太郎俳句が佳作止まりの訳は此処なのだと最近気付きましたが、それにはもっともっと感性を磨かねばならいのです。

でも私のは磨いても光らない石のようです。


 写経目標1000枚→現在83枚

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by haikutarou | 2019-08-09 07:10 | 七十二候 | Comments(0)

青空に入道雲がむくむくとわき上がり、午後になると遠くの空で稲光がするのが

夕立の前触れです。

暑さにうんざりしていた草や虫、動物も人間も空を見上げて雨を待ちます。

やがて、バケツをひっくり返したような大雨が降ります。

むっとするような草いきれが風に乗って走ります。


私も虫や草と同じようにずぶ濡れなりながら両手を空にあげて空に感謝します。

大地が生き返っていくような夕立の始まりが私は好きでした。


この時期の俳句の季語に「喜雨」がありますが、まさに喜びの雨であり、感謝の雨なのです。

現代人はいつの間にか大自然への感謝を忘れました。そればかりか、恐れ多くも自分たちの力で大自然を支配しょうとさえしています。


感謝を忘れ、破壊を繰り返す人類への仕返しは容赦なしです。まさにそこまでやるのかというむごたらしさです。

人類は自業自得だと思うしかありありませんが、小さな命をつなぐために必死に生きている昆虫や雑草までを犠牲にしていることに腹立ちを覚えます。


でも大丈夫でしょう。彼等は人間のように無知な愚か者ではないから、人類が滅亡した後に天国のような一面の草原が地球を覆い尽くすことでしょう。


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by haikutarou | 2019-08-03 07:15 | 七十二候 | Comments(4)