人気ブログランキング |

カテゴリ:七十二候( 51 )

私は子供頃、祖母の手伝いで綿摘みをした記憶があります。実が割れると中の真っ白い綿を取り出すのですが、殻が堅くて子供には難しく嫌いな作業でした。

綿の実が布団の綿になるまでには大変な作業でしたから母の代には綿の栽培は見掛けなくなっていました。


その頃、天気が秋らしくなってくると、男の子の遊びは磯釣りに集中します。

月明かりで釣る、鱸(すずき)、鯔(ぼら)は大味で食用としては余り喜ばれませんでしたが、大型魚でしたから釣りとしては子供を夢中にしていました。


釣りで喜ばれた魚は「かさご」で、刺だらけの不格好な魚ですがぶつ切りに

して味噌汁での味は母が最高と喜んで食べていました。

田舎では子供が遊びがてらの穴釣り魚でしたが、現在でも魚網等で大量に採れないから高級魚らしいです。


(追加)カサゴの呼び名で面白いのがありましたら紹介お願いします。


a0376672_21370172.jpg


by haikutarou | 2019-08-23 07:00 | 七十二候 | Comments(4)

昼と夜の気温差から深い霧が原野に立ちこめる頃です。春にも同じ自然現象が起こります。物理的なこの違いはよく判りませんが、俳句の季語でいえば「春は霞」「秋は霧」と使い分けています。テレビやラジオの気象予報士も大体これに合わせているように思います。


昨今の地球温暖化で春の訪れは早く、秋は残暑が長いという現象はどうでしょうか?統計的にどうだか判りませんが、その年の気圧配置に大きく左右されているというのが実態で、例年並みに初秋の気圧配置で云々という、「例年並」という気象予報士の言葉も段々と死語に近くなりつつあると思いませんか。


実際にそろそろ咲く頃だと出掛けますが目当ての花が咲いていなかったり、すでに散り際だったりする場面に遭遇する事が多くなり、私の作成している草花開花暦も役に立たなくなっているのが実情です。


往年の名カメラマン秋山庄太郎さんの言葉に「女性と花は美しく写さねばならない、それがカメラマンの使命です」があり、それを実践した大御所でした。私も共感して頑なに守ってきましたが、花の一番美しいのは開花直後であり、気象条件と自身の老化でなかなか難しくなって、シャッターを押す情熱が失せつつあります。

でも最近は皆さんのブログで拝見する美しい花の写真にうっとりと見とれています。


a0376672_20134375.jpg


by haikutarou | 2019-08-19 07:07 | 七十二候 | Comments(2)

実家の熊蝉の蝉時雨「シャーシャーシャーシャー」は強烈な夏の風景でしたから、関東にきてあの蝉時雨がなくてしばらくは盛夏の気がしませんでした。今でも無性に蛙の蝉時雨が恋しくなる時があります。

実家では蜩の鳴き声を聞いた記憶が無く、蝉の種類も西と東ではずいぶんと違うものだと感じていました。


田舎では8月の裏盆は実家に墓参りに行く習慣があり、母に連れられて隣村まで木炭バスで墓参りに行っていました。

母は網元のお嬢さんで、農家の跡取りだった父との結婚の条件に「農業はやらない」という条件を出したそうです。父も祖父も困ったと思いますが、私も子供心にも母は美人だと思っていたくらいですから、父が惚れていたのか、母の条件をのんで、裸一貫、満州で一旗揚げるべく二人で異国の地に渡ったそうです。


その蜜月も長くは続かず、日本の敗戦で別々に帰国、父は敗戦で大混乱の祖国で

何とか仕事と住み処を確保して実家で待機の母と私を高松市に呼び寄せましたが無理がたたって父の体を病魔が襲い、「子供たちを頼む」が最後の言葉だったそうで、まだ三十代後半だったはずです。


結局、母はあれほど強く拒否した農業を、幼児4人を抱えてやらねばならないはめになりましたが、再婚は子供たちが可哀想だからと頑張り通した根性は凄い女性だったと思います。殆どが手作業の当時の農作業はお嬢様育ちの女性にはどれ程過酷な事だったか想像すら出来ません。

ほかでどうだったが知りませんが、私たちには父の悪口も愚痴の一つも聞いたことありませんでした。

結局、母も父に惚れ込んでいたのかも知れません。


あまり昔の事を話さない母でしたから、途切れ途切れに聞いた母の話をこうして、文字にしてみると、改めて母の凄さと有り難さが胸に染みます。

当時は誰も大なり小なり生きる事に必死だった時代ですから、自分が凄いことをしていることさえも判らなかったのかも知れません。


a0376672_00062382.jpg


by haikutarou | 2019-08-13 07:15 | 七十二候 | Comments(4)

本格的な夏が始まったばかりなのに、暦の上では秋です。

夏の季語にうんざりしていたから、さあ今日から小さい秋を見付けに歩きましょうと気分一新です。


でも七夕も西瓜もお盆も秋だといわれてもね~

これは殆どの歳時記が旧暦で組まれているからで、最初の頃は何だこりゃ(?)とカリカリしていましたが慣れてくると上手く誤魔化す手立ても覚えたりして気にならなくなります。


俳句は季語の本意を基本にその気節を詠むのが主流ですが、「属目詠」という詠み方もあります。属目とは自然の中で目に触れたものを吟ずることをいいます。

現代、私はこちらの方が多いかもしれません。


西瓜畑の側の農道を歩いていると、西瓜の手入れをしているおじさんが「美味しくなってきたからひと玉持っていきなよ」と声を掛けてくれます、いつも色々と質問して農作業のこと教わり俳句ネタにしていますから弟子くらいに思っているのかもしれません。せっかくの好意ですから小さい玉をぽんぽんと叩いて「OK」とプロの味保証を得てバッグにいれます。 

「ひと玉をもつて行けよと西瓜番」こんな句が出来たら夏の句会だって投句します。それが自然あり、属目詠だからです。

 

俳句の初学の頃は「あれもダメ」「これもダメ」と禁止項目ばかり注意されていた気がしていましたが、早く基本の形を覚えるための方便であり、実際は何でもありなのなのです。

それは、俳句は文芸であり、詩情があり、読者が驚くような発見が詠み込まれていれば、多少の枠から外れていても秀句なのです。


金太郎俳句が佳作止まりの訳は此処なのだと最近気付きましたが、それにはもっともっと感性を磨かねばならいのです。

でも私のは磨いても光らない石のようです。


 写経目標1000枚→現在83枚

a0376672_20431723.jpg



by haikutarou | 2019-08-09 07:10 | 七十二候 | Comments(0)

青空に入道雲がむくむくとわき上がり、午後になると遠くの空で稲光がするのが

夕立の前触れです。

暑さにうんざりしていた草や虫、動物も人間も空を見上げて雨を待ちます。

やがて、バケツをひっくり返したような大雨が降ります。

むっとするような草いきれが風に乗って走ります。


私も虫や草と同じようにずぶ濡れなりながら両手を空にあげて空に感謝します。

大地が生き返っていくような夕立の始まりが私は好きでした。


この時期の俳句の季語に「喜雨」がありますが、まさに喜びの雨であり、感謝の雨なのです。

現代人はいつの間にか大自然への感謝を忘れました。そればかりか、恐れ多くも自分たちの力で大自然を支配しょうとさえしています。


感謝を忘れ、破壊を繰り返す人類への仕返しは容赦なしです。まさにそこまでやるのかというむごたらしさです。

人類は自業自得だと思うしかありありませんが、小さな命をつなぐために必死に生きている昆虫や雑草までを犠牲にしていることに腹立ちを覚えます。


でも大丈夫でしょう。彼等は人間のように無知な愚か者ではないから、人類が滅亡した後に天国のような一面の草原が地球を覆い尽くすことでしょう。


a0376672_22422968.jpg


by haikutarou | 2019-08-03 07:15 | 七十二候 | Comments(4)

梅雨明けを思わせる、真夏の太陽が照りつける中、吟行句会の下見でくたくたになりました。

それもそのはずでスマホの歩行計は19000歩表示していました。夜になって、まだ顔がほっています。


「土用の鰻」もうなぎの数量減で庶民の手の届かない値段になりつつあります。

先日、次男に連れられてうなぎ屋に入ったら、メニューを見て驚きました。

「特上蒲焼き」しかないのです。ここで大の男が二人、こそこそ退散もかっこ悪いので割り勘でしのぎましたが・・・


うなぎといえば、悪ガキ5人グループで近くの川でうなぎの密漁やってました。。

自転車のバッテリーから電気を引いてうなぎの潜んでいそうな川べりの穴に入れるとうなぎが電気に体を痺れさせて浮き上がって来たところをすかさず網で掬いあげます。

これは違法で警察に密告されると大変な事になる、を承知でやっていました。

取ったうなぎを母が気持ち悪がって捨てていましたから、食べた記憶がありません。事実は気持ち悪いというよりさばけなかったのだろうと思います。


でも、海で取れる穴子はよく食べていましたよ。

私は海では一人でも平気で泳げますが底の見えない川は気持ち悪くて大人になっても泳げませんでした。従兄弟がおぼれ死んでいたせいかも知れません。


a0376672_19002989.jpg
by haikutarou | 2019-07-28 07:10 | 七十二候 | Comments(6)

梅雨明けのしないままに大暑に入りました。

アウトドア派の人達、その人を当て込んでいる、海の家、山小屋営業は大丈夫かと心配してしまいます。


さて、大書の初候で桐の花が咲く頃というのですが、そう言われて、気付くのは桐の木が見当たらなくなったことです。

田舎では、女の子が誕生すると桐の苗木を植えて、その子の嫁入り道具に桐の箪笥を作る習慣があり桐の木はよく見かけました。

桐の木は生長が早いのですが、実際には20年足らずでは箪笥一棹がぎりぎりだったかも知れません。

大暑の夜といえば花火ですね。

写真に熱中している頃は、膝枕でビールをあおっている連中を横目に良いカメラアングルを探し回りながら、時々俺は何をしているんだろうと思っていました。

今こそ、あの世への土産話に膝枕で花火見物を思いながら、膝かしてくれる人が居ないんです。

ホント世の中て上手くいかないように出来ていると思います。


a0376672_20265250.jpg


by haikutarou | 2019-07-24 07:20 | 七十二候 | Comments(6)

野鳥の子育ての季節で、野鳥専科のカメラマンたちのブログでその微笑ましい様子は心和みます。家にいてこんな癒やしが出来て有り難いことです。

流石に鷹の子育てはまだお目にかかっていません。

私も鷹は冬の季語ということ位しか知らず、俳句も詠んだこともありません。


かの鷹に風と名づけて飼ひ殺す  正木ゆう子

俳句の初学の頃、俳人、正木ゆう子さんに入れ込んで、彼女の句集、著書を買いあさりました。


水の地球すこしはなれて春の月 正木ゆう子

オートバイ内股で締め春満月

地下鉄にかすかな峠ありて夏至

蝉すでに老いて出でたる蝉の穴


大景をさりげなく詠んで読者に大きな余韻が広がります。

初心者ながら、これぞ俳句だと心酔したものです。


その正木ゆう子さんが「鷹の渡り」を夢中で追いかけている(いた?)と著書にあり、鷹も渡り鳥なのだと知りました。(渡りのない鷹もいます)

あをあをと山河を流し鷹渡る 正木ゆう子

うすずみの洞なす雲へ鷹柱

南(みんなみ)へ風強ければ鷹早し


a0376672_22024160.jpg


by haikutarou | 2019-07-18 07:15 | 七十二候 | Comments(6)

すでにブログでは蓮の花が今を盛りに咲いています。

温暖化のためか、どの花も開花が早まっている気がします。

5,6年前の記録で撮影にいくととっくに盛りを過ぎていてがっかりすること多くなりました。

私も色々な花を撮ってきましたが、どうしても納得の写真が撮れず、頭を抱えた被写体の一つが蓮の花でした。水という隔たりがあり、大きな葉っぱがあり、・・・がありで大変です。

2012年の春にネットで「写真好きの人、一緒に楽しみませんか」の呼び掛けに応募した、20歳代から60歳年代10数人(私が最年長だったかな?)が月一で東京中心にあちこち一日撮影行を楽しみました。

私は基本山男でしたから、東京は多い人と車、高いビルで、高村光太郎の智恵子抄の「東京には本当の空がない」の認識しかなかったのですが、都内のあちこちに案内されて、緑と花の整備された広い公園に東京の凄さに驚いたものです。

水元公園、代々木公園、昭和記念公園、神代植物公園等々すっかりフアンになりました。谷中から上野等の下町歩きも興味ある被写体が多く面白かったです。

しかし、残念ながら、目標の合同展を実施することなく、一年ちょっとで自然解散してしまいました。

各自の個性的な考えを一つにまとめて行動する難しさに直面したのです。

やはり写真は撮りたい被写体を納得いくまで撮ることで妥協は容認できなく、一人でこつこつ撮るしかないのだと納得しました。
つい昨日の出来事だったような気がしますがもう7年前なのですね。

a0376672_20040905.jpg



by haikutarou | 2019-07-14 07:05 | 七十二候 | Comments(4)

吹く風が黒南風(くろはえ)から白南風(しろはえ)に変わると梅雨が明けます。

いや、正確には梅雨最中に吹く南風が黒南風で梅雨が明けて吹く南風が白南風と呼びます。

昔の人は雲の動きや形と風で生活に必要な天気を予報していました。祖父の天気予報がぴたりぴたりと当たるので、子供心に仙人さまだと思っていました。

登山を趣味にしていた頃、この梅雨明けをどんなに待ちわびたことか。例年より10日早い梅雨明けというニュースが流れると飛び上がって喜び、仕事も手につかなるほどでした。
高山植物の花が咲き乱れるお花畑のピークは一ヶ月で8月も終盤になると3000メートル峰では紅葉は始まり、夏と冬が同居している危険な山になりますから、素人登山には梅雨明けから一ヶ月がお花畑の夏山を楽しめる期間なのです。

今から思うと私の登山は仕事のガス抜きだったようで、この仕事が終わったら、一週間の休暇取って山に行くんだという思いで仕事を頑張っていた気がします。

会社を辞めて、これからは毎日だって山登りが出来ると思ったら急に興味半減で、あれ程に熱中した百名山登山計画の作成も面倒くさくなり、次第に山から遠ざかっていきました。

大好きな家族が待っているから辛い仕事頑張られる。大好きな・・・・それが人生ですよね。

a0376672_22562028.jpg



by haikutarou | 2019-07-08 07:10 | 七十二候 | Comments(4)