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カテゴリ:七十二候( 51 )

土の中から蚯蚓が這い出し始める頃だというのですが、関東でももう少し先のようです。

肥沃な農地作りを目指す農家が喜ぶのは蚯蚓が生息する土だそうです。子供の頃に鮒や鯉の釣りの餌は蚯蚓でしたから私には馴染みの虫で子供にも容易に捕獲できました。

でも今思いだしてみると、余り気持ち良い虫ではありませんね。

ちょうどこの季節は山辺では草苺の赤い実が熟れる頃で苺狩りがを楽しみにしていました。

当時はお腹空かせて、色々な木の実や草の実を取って食べていましたが、今食べても美味しく食べれるのは、この草苺の実がピカイチです。

立木を伐採して裸山になった所に2,3年群生する草苺ですから毎年決まった所ではなく探し歩きながらの苺摘みが楽しみでした。

写真は10年前位の小田原の奥地での見つけた群生地でのもので、ピンボケ写真です。

このところ草苺群生地はとんと見かけなくなってしまいました。

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by haikutarou | 2019-05-11 08:29 | 七十二候 | Comments(4)

私が伊豆高原に来た最初の頃、この時期になると牛蛙(食用蛙)が夕方から夜中まで啼いていました。
姿は確認できませんでしたが、本当に牛の声そっくりで啼くのに判ったのですが、いつの間にか聞かれなくなっていたことを、この記事を書こうとして、「あれどうしたのだろう」ふと思い出したのです。

私の俳句ではとっくに夏の季語を使っていますが、今日から暦の上では夏に入る立夏です。

伊豆高原もこの連休は多くの観光客で賑わい、大室山のリスト乗り場では連日50m以上の長い行列が出来ていました。

私は昨日、城ヶ崎海岸の遊歩道を歩きましたが、此処も多くのカップルウォーカーですれ違いには狭い道に戸惑うほどでした。

全てが日本の若者達ではないにしても、なんか日本の先行きにほっとさせた風景でした。

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by haikutarou | 2019-05-05 10:14 | 七十二候 | Comments(3)

改元『令和』初日に牡丹の花とは何とも華やかな事であろうか、しかし空はまだ雨模様である。こういうのを「雨降って地固まる」ともいう。

〈牡丹散て打かさなりぬ二三片  蕪村〉

牡丹の散り際を詠んだ蕪村、代表作の一つである。

未だに議論となっているのが上五の読み方で「散て」は「散りて」か「散って」で、「散りて」ではすでに散ってしまっている花片が二三片重なっているのを詠んでいる、他方「散って」は今まさに二三片が散りながら重なっていく状態を詠んで臨場感があるというのである。

何となくこじつけともいえるが、私も後者の「散って」と読みたいと思う。

花の女王といわれる牡丹が一片づつ花片を落としてゆくさまは、何とも艶ぽいではないか。
これが17音の世界最短の俳句という詩の世界である。

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by haikutarou | 2019-05-01 09:11 | 七十二候 | Comments(0)

農家にとって怖い春の霜も終わる頃でことわざの「八十八夜の別れ霜」も同じ意味です。
今年の八十八夜は5月2日です。

遅霜が大敵の新茶畑に回っている風車は霜避けのためだそうです。

最初に見かけた時は「??」でした。

俳句の季語としての「春の霜」の傍題に「名残の霜」等多くあります。

霜と雪の違いはありますがイルカさんが歌った曲「なごり雪」を思い出します。

・・・・・

今、春が来て 君はきれいになった

去年よりずっと きれいになった

写真の鈴蘭は東京都調布市の神代植物公園で地べたに這いずりながらの撮影でした。

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by haikutarou | 2019-04-25 09:02 | 七十二候 | Comments(2)

葭には「葦」、「蘆」「芦」の漢字も使われていて、句作の時にいつも迷っていますので今回少し深く突っ込んで見たいと思います。

葦、蘆、葭の違いについては、《成熟したものを「葦」、穂がすっかり出そろわないものを「蘆」、穂の出ていないものを「葭」と書き分けた》(明鏡国語辞典から) 成長順並べると「葭」→「蘆」→「葦」となります。                                       

ちなみに「蘆」は芦の旧漢字

うむ、すっきりしました。

更に葭(よし)とも読むわけは

水辺に育つアシは昔からヨシとも呼ばれますが、いずれも漢字は「葦」と同じ。アシが「悪し」と取れるので、昔から「良し」と呼ぶようになったとか。そういえば、日除けに使うヨシズや野鳥のヨシキリもこの名前に由来している。(四季の山野草から)

どうですか、すっきりしたでしょう。

この調子で72候を終了すると博学になりますね。
でもだからと名句が詠める事にはならないのが問題ですが・・・

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by haikutarou | 2019-04-21 07:17 | 七十二候 | Comments(0)

ブログ更新日に記事がない、俳句もない、昨日は久々尾根歩きをしたので写真はたっぷりありますが写真に夢中になりすぎて句帳さえ開かなった気がします。

途中で疲れて草原で大の字になって休んでいたら一時間位は昼寝したようで、飲みかけのペットボトルに蟻が集っていました。

さて、今日は七十二候の「虹始見」ですね。

私は虹は川と川、川と湖とか水辺をまたいで発生するものだと思いこんでいましたが、どうやらそうではなく条件さえ整えば路上だって虹の片端になり得ることを今朝のネット検索で判りました。

今更ですがインターネットは上手く利用すれば便利です。

皆さんはダブルレインボウ(二重の虹)に出合った事ありますか?

二重の虹の片方は「卒業」、もう片方は「祝福」を表して、頑張ってきた何かが節目を迎えて、新しい人生の幸多きことを祝福してくれるそうです。

今年こそダブルレインボウとの出合ってみたいものです。

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by haikutarou | 2019-04-15 09:00 | 七十二候 | Comments(8)

昨日は夕方に洗濯物を取り込みにベランダに出て風の冷たさに驚きました。

私は冷水摩擦を日課にしていますが、桜の開花の後のこの寒さは2月の真冬時よりも厳しい気がします。一度緩んだ体を締め直す難しさでしょうか。人間の体に影響を及ぼす気持ちの大きさを表す一例でしょう。

さて雁の北帰行ですが、あのV字飛行で北へ向かう様子を実際には見た事がありません。かみさんの故郷が青森でしたから、この時期にも何度か北への旅をしていますが一度も出会えていないのが残念です。

北へ帰る雁の頃の季語に「雁風呂」があります。長くなるので此処では省略しますが北へ帰れなかった雁の供養の逸話です。

釣り好きの義父に青森の海岸で教えてもらった逸話で以前にも書いた気がしますが、この時期になると雁風呂と共に思い出すのもお世話になった義父の供養だと思っています。

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by haikutarou | 2019-04-11 05:53 | 七十二候 | Comments(6)

この春の燕にはまだ出合っていませんが、ラジオを聴いているといつもより早くに燕が来ているという季節の便りが届いています。

燕の語源はさまざまあるようですが「つちばめ(土食)」が私のイメージにはぴったりのような気がします。

実家の軒先に土を運んでいた燕が脳裏に蘇ります。

〈つばめつばめ泥がすきなる燕かな 細見綾子〉

という好きな俳句もあります。

昨年、出先で立ち寄ったコンビニの入り口横の軒に燕が巣の中の子燕に餌を運んでいました。コンビニの叔母さんが私のカメラを見て「写真撮ってあげてよ」と、可愛くて仕方ないという様子でした。

人間の燕好きを燕もよく知っていて自分達を外敵から守ってくれる仲間だと思っているのかも知れません。

燕が飛び始める頃に咲き始める石楠花が満開の桜の脇で早くも咲いていますが、昨日今日の冷たい北風に「え、どうなってんの?」と赤い花弁を小刻みに震わせています。

写真の野草は十二単(じゅうにひとえ)
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by haikutarou | 2019-04-05 09:40 | 七十二候 | Comments(4)

雷は一年中発生しますが、一番多く発生するのが夏で、「雷」といえば夏の季語となっています。又それぞれの季に「春雷」「秋雷」「寒雷」があります。

春になって初めての雷を「初雷」といい冬眠中の虫を起こす「虫出しの雷」ともいいます。

私は幸か不幸か怖い雷さまに出合った事が無く、雷といっても強い印象がないからか、登山でゴロゴロ鳴っている稜線でも平気で歩いていました。落雷という現象自体をよく理解してないこともあったでしょう。

昨今、あちこちで大きな自然災害が発生していますが、私は大好きな自然が人間を痛め付けることがどこか信じられないでいます。

東北大震災で大津波を前にして逃げないで遭難死した人がいたと聴きました。

私には何か理解できるきがします。

確信はありませんが多分私も逃げないだろうと思っています。

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by haikutarou | 2019-04-01 08:13 | 七十二候 | Comments(2)

昨日今日とよく耳にし、目にするのが「平成最後の桜」です。

私的にはまだまだ先の話だと認識していたのですが、4、5日先には新年号が発表され、一ヶ月後には新年号と知り少々慌て気味です。

いや、直接的には何ら関係ない隠居人ですが、やはり平成を生きた日本人の一人として気持ちの整理はしておかねばと思うからです。
個人的には桜をじっくりと愛でた年は少ない激動の平成30年間でした。

会社の先端を外れて海外(英国)に足掛け4年、帰国して下請け会社に移籍から2年、57歳で早期退職、そして離婚・・・と粗方を文字にすれば2行にも満たない30年間ですが、文字通り苦渋の決断を迫られ続けて来た30年間だったという気がします。

決断時、常に私の中にあったのが「止まった後悔でなく、先に踏み出した後悔を」で、負け惜しみでなく、頑張った30年だったと思います。
英国での好きなゴルフ三昧で週末は土日3ランドを回っていました。再婚で主夫をしながら四季の野草を追いかけた5年間も楽しかった。
でもその陰で多くの人達に迷惑をかけ、多くの人に助けられてきました。

「ごめんなさい」「有難う」、平成30年間!!

明日(26日)は俳句仲間で花見句会ですから平成最後の桜を楽しんできます。

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by haikutarou | 2019-03-26 08:30 | 七十二候 | Comments(0)