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カテゴリ:自句自解( 10 )

百人一首と実かづら

母は使いもしない百人一首歌留多を大事にしていました。

時々子供たちと「坊主めくり」をして遊んだが決して子供の遊び道具にはさせなかったのは、いつの日かまた歌留多取りで遊ぶ日が来ることを夢見ていたのかもしれません。


今日の一句は本物の実かずらの実を見つけた時の母の喜びようから、私が勝手に母の好きな一首と思い巡らし、実現することの無かった母の歌留多取りへの供養でした。


私も後年にある縁から、百人一首歌留多会にトライすることになり、一年間ですべて暗記したことがあります。

練習で、ずるして自分の好きな札を目の前に並べていても、「あ、あ、あ、」という間、いや「あぁ」という間で、にさっと横取りされてしまいます。

歌を覚えていることと、その札を取る事とはまったく別物であり、あれは完全なスポーツで「こりゃ老人には無理」と思い知らされたのでした。


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by haikutarou | 2019-09-12 07:00 | 自句自解 | Comments(0)

あんころ餅

当時(子供たち)、最も嬉しいご馳走は小豆を炊いた餡(あんこ)でおはぎやあんころ餅にして、母が作って居るのを小皿叩いて待ちわびたものです。

小豆は稲田の畦に稲の稔りと時を同じにして実となりますから、稲刈りの前後して刈り取り天日で乾燥したものを叩き棒で実と殻を分けていきます。


子供たちも、これがあんころ餅になると知っていますから、喜んで手伝いをしたものです。

当時は猫車(作業用一輪車)はまだ無かったので2,3株づつ抱きかかえて運んでいました。


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by haikutarou | 2019-09-10 07:00 | 自句自解 | Comments(6)

私の最初の俳句の先生は辛口の老先生で「こんなものをわざわざ句会に出すのじゃないよ、日記の片隅にでも書いておきたまえ」が口癖で一蹴されていました。

その日の皆の出来が悪いとことに機嫌が悪くなる先生でした。


そんな中で冒頭の句は私の句を初めて認めてもらった一句で嬉しかったからよく覚えています。

先生は一読して、しばし空を仰ぐかのように上を向き「うーん、良いだろう」とだけ言ってもらいました。

その日の席題が「星」でしたから頭の中で色々と星の風景を流している内に苦し紛れに出来た一句でした。


先生の名前は加茂達彌で師系は高柳重信から三橋敏雄でよく当時の自慢話を聞かされました。

句会では披講が先生の役目だった事が自慢のようでした。


先生の愛唱句は人事句でよく聞かされました。

「月光」旅館/開けても開けてもドアがある 高柳重信


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by haikutarou | 2019-09-06 07:00 | 自句自解 | Comments(2)

虫の秋

夜が涼しくなって昨夜ベランダで鈴虫が鳴いていました。

鈴虫は飛ぶんでしたけ?それにしても五階までよく来たものです、エレベーターもないのに、よほど気に入ったものでもあったのでしょうか。


最近はベランダのプランターも雑草だらけで、かみさんが嫌味で置いていったサボテンの「カネノナルキ」だけが元気です。

この子強いですね、水もろくにやらないのに枯れません、金は成りませんけどね。


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by haikutarou | 2019-09-02 07:00 | 自句自解 | Comments(0)

と、ある吟行で

その日の吟行地で仲良しの句友さんが「金太郎さんに是非に案内したい所が在るから生きましょう」と案内された横浜街中の小さな公園の片隅に一寸場違いな感じの水琴窟が何とも涼しげな音を出していた。

私たちは覗き込むようにして何度も耳を傾けた。


句会では隅の方で余り目立たない人だが、吹き抜けるビル風に帽子を飛ばされないように防御する様子がとても活き活きとして魅力的だった。


そして私たちは、側のベンチに座って俳句の話をした。


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by haikutarou | 2019-08-31 07:00 | 自句自解 | Comments(4)

相模湾の夜明け

神奈川県秦野市のヤビツ峠に車を駐車して丹沢山塊の主峰「塔ノ岳」の縦走をピストンするためには正味走行時間8時間、休憩を入れると有に10時間を越える健脚コースです。

一の塔、ニの塔、三の塔まで来ると展望が開けて、歩き始めは懐中電気を使っていた空が明け始めます。ちょうど江の島から三浦半島の湘南の海の日の出です。


このコースで一番の展望はやはり塔ノ岳山頂からの新宿の都庁を中心にした関八州(現在の関東6県)の夜景です。山頂小屋の名物カレーを食べながら夜景を堪能したものです。(写真が残ってなくて残念)

そして2番目が写真の三の塔からの相模湾の夜明けでした。


確か69歳の時だった、ヤビツから搭ノ岳へ行きはすごく快調でした、昼食をして一休みの後に「さあ、帰ろう」と立ち上がった時に。足腰はしっかりしてなんら異常は無いのだが、気力が萎えてしまって来た道を戻れないのです。


結局、最短の下りコースで下山して、息子に連絡して迎えとヤビツ峠の車の回収お願いした。

登山で息子たちに直接の迷惑は初めてでしたが、二度とやってはならないことと強く反省して、これが事実上の最後の単独登山となりました。


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by haikutarou | 2019-08-27 07:00 | 自句自解 | Comments(0)

萩とシャンソン

私は歌といえば超昭和演歌の「北の宿」とか「天城越え」ですが、例外がひとつだけあります。

それはシャンソン歌手別符葉子さんです。彼女は関西を中心に活躍中ですが、年に一度だけ東京でコンサートを開催されています。


もう7,8年に前になるだろうか、当時ブログで自分のシャンソンを売り込んでいる別符さんにブログで出会いました。

若い頃に本場パリで修行された本格派で苦労話も本場仕込みの歌も、ブログを訪問する度に聞かされ、その歌声の素晴らしさに惚れ込みました。

もちろん東京コンサートには必ず出掛けて、握手してもらいひとり舞い上がっていました。


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by haikutarou | 2019-08-25 07:00 | 自句自解 | Comments(2)

秋の蝶

秋の蝶はせわしげである。

やがて寒い冬がきて、花も全て枯れてしまうから頑張って蜜を集めなくてはとでも思っているようである。

昆虫たちのあの小さな体に遺伝子として季節感が伝承されているのだろうかと私はしばらくその動きを目で追い掛ける。

私も近い将来死期が来るはずである。それはとても辛いことだと思う。でもこの蝶たちを見ていると果てるその時まで必死に生き抜きたいと思う。


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by haikutarou | 2019-08-21 07:11 | 自句自解 | Comments(2)

晩春2題

坂道を来る男衆陽炎へる
椅子揺らし短編読むや竹の秋

 遅い朝、市場に捕獲した魚を卸した終えた漁師たちが坂道を上り帰ってくる。どうやら今朝も豊漁だったようで皆がご機嫌である。
 「陽炎(かげろう)は春のよく晴れて日差しの強い日に遠くの風景がゆらいで見える現象をいいます。多分に感覚的な部分も大きく、そうなると一段と難しくなる季語です。
 もう一つ、良く似た春の季語に「蜃気楼(しんきろう)」があります。こちらはは光りの屈折で海上などに存在しない風景が見える現象いいます。こちらの方がもっと感覚的な感性が必要で小生の感性ではちょっと無理みたいです。
 「竹の秋」は竹の子に養分を取られ、笹の葉が黄色くなるとから、落葉樹の芽吹きと逆の生態となります。そんな変化を見逃さず、春の季語にした先人たちはすごいです。

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by haikutarou | 2018-04-11 09:20 | 自句自解 | Comments(0)

巣箱掛け

ハグをして幹の音聴く芽吹きかな
巣箱掛笑む少年の声変り

 巣箱の俳句を作っていて、中学校卒業前の三月に仲良し仲間で5,6個の巣箱を作り桜の木に掛けた。そして5年後に此処に集まろうと約束したことを思い出した。結局、誰からも声のかからずに約束は果たされることはなかった。
 学校の裏山は忠魂碑や防空壕跡の公園になっていて、昼寝したり、早弁しりと色々悪さをしたことが昨日のように思い出される。声変わりはとっくに終えていたと思うが定かでない。
 風の便りでは学校の統廃合でとっくに廃校になったらしいが、あの裏山はどうなったのだろうか。

(水木の花)
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by haikutarou | 2018-04-10 09:04 | 自句自解 | Comments(0)