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   雪解川名山けづる響きかな   前田普羅


「蛇笏の句を思わせるオーソドックスな格調を持った句。《名山けづる》とは気負った表現である。だが《響きかな》という座五が非常に力強い格調を持っているから、この誇張した大時代な表現も不自然ではない。」
 虚子門の四天王の一人という前田普羅に多くの人に知られた名句が少ないのは、著者によると「普羅には広く流布している句集ないことと、多数の門下をもつ主宰誌をもっていなかったからだが、それは彼の作品の評価に関係することではない。彼の句柄の高さから言えば、彼は蛇笏とともに現代俳句を代表すべき一人である」と。
多分そのためと思うが、山、特に日本アルプスを愛した私もこんなにも山の俳句を残している俳人がいたとは認識不足でした。だから本あれこれ言わずに乱読がいいと改めて思いました。


  春尽きて山みな甲斐に走りけり   前田普羅

茅枯れてみづがき山は蒼天に入る

浅間なる照り降りきびし田植笠   


by haikutarou | 2017-09-29 17:12 | 名句鑑賞

夜半の月(句会投句)


落雁や静けさもどる夜半の月

月見るも犬猫抱いて良夜かな

初潮や沖の益荒男あがり来る

沢渡る牝鹿目で追ふ牡鹿かな

板塀をのそりのそりと月の猫

by haikutarou | 2017-09-28 19:10 | 「西瓜の種」(自作句集)

こぼれ萩(句会投句)


鯉の来てぽこりぽこりとこぼれ萩

渡りが鴨降り立つときの荒々し

棗の実椎の木陰に忘れられ

鎌の音空に抜けゆく刈田かな

足柄の関の荒ぶり葛の花

by haikutarou | 2017-09-27 08:48 | 「西瓜の種」(自作句集)


  秋の蟻手のおもてから手のうらへ  草深昌子          


 秋の蟻といえば冬の穴籠りに供えて一生懸命働くイメージがあります。晩秋のひと日、縁側か公園のベンチに座っていると何処から上ってきたのか一匹の蟻が掌にいます。しばらくなすがままの動きを観察しての一句です。俳句における即物具象の基本にあるものは「命」であり、それを見つめる作者の優しさです。大上段から構えて形の面白さを追いかけているだけではない作者の強い拘りのある一句だと思いました。


  盆の路ししとび橋といふところ  草深昌子

 季語【盆路」は数多くある「盆」関連の傍題のひとつです。先祖の御魂が通る路を草刈りなどをして帰りを待つという昔からの習慣です。この句の場合はもうひとつ現世の人が墓参のための路という意味もあります。というのも中七の「ししとび橋」という橋の名前、もしくは、その当たりの地名かも知れませんが、それが面白く読者の想像力をかき立てます。

 その昔猪の棲み処だった山奥を人間が川に橋をかけ、家を建てて棲みつきます。やがて墓地も出来ました。そして又長い年月が経ち、人間は暮しに便利な町に移っていき,祖先の御魂が通る盆路は草刈をし、道に転がる石塊を取り除かないと現世の年寄や子供は歩けないほどに荒れています。

 そんなことを想像しながら、私の田舎のことを思い、久々の墓参りをしたくなりました。


by haikutarou | 2017-09-26 20:11 | 句集鑑賞


雑詠、佳作 「囮鮎光の中に放ちけり」
【選者】 今瀬剛一先生、原和子先生


雑詠、佳作 「海鳴や花魁草の沖を向き」

【選者】 辻桃子先生


雑詠、佳作 「青梅の産毛まぶしき午後であり」

【選者】 夏石番矢先生、西池冬扇先生


by haikutarou | 2017-09-26 07:27 | 雑誌『俳句界』入選作


水澄むや日本アルプスすぐそこに  曽根原幸人


初鴨に湖の光の新しく       青野迦葉


流星や見えぬ宇宙を見てゐたり   伊藤玉枝


夕焼けて羊の群れを犬が追ふ    福地子道


湖のごとコスモスのごと妻眠る   岡崎正宏


桐一葉いくさは嫌と私も書く    盛野たね弘


俳壇のいつしか秋の香り満つ    日下光代


 (9月26日)



by haikutarou | 2017-09-25 13:51 | 朝日俳壇

虫しぐれ


ペン止まりしばし惚けし虫しぐれ

豊年の一族そろふ刈田かな

渡り鴨降り立つときの荒々し


by haikutarou | 2017-09-24 08:52 | 「西瓜の種」(自作句集)

   

蔓踏んで一山の露動きけり   原 石鼎

「医師たらんとして失敗した石鼎は東京を去って深吉野に入り、そこで医を開業した兄の仕事を手伝って、一年あまり小川村に落着いた。山人の人情、深吉野の風物は、都会での生活に敗れた彼の心に深く触れるものがあった。そして当時の作句は虚子の手を経て『ホトトギス』に発表され、驚異の眼をもって俳壇に迎えられた」、このように、作者の経歴とか生活環境を知った上で作品を読むと、また一味違った味わいに満たされます。

 「蔓踏んで」の景は私も早朝の山麓散歩で度々体験しています。まるで雨の後のような一面の露が風か、野兎の悪戯か、ばさばさと音を立てて露が振り払われる。その時の心の動揺というか、驚きを「一山の露動きけり」と言い切ったところが作者の詩人たる技だと思います。17音に詠まれて「ああ、そうだった」と手を打って喜べる作品に出会えた至福感があります。

秋風や模様のちがふ皿二つ   原 石鼎

 「ここに不ぞろいな二枚の皿の模様に凝結した作者の憂愁と倦怠がある。皿の模様を通して、彼は己れの新鮮な感受性を再発見しているのである」、俳句は優れた選者がいて、それを読む読者がいる、作者もそれを信頼して更なる高みを目指しているのだととつくづく感じます。

 当時の俳句界は虚子を中心とした少数精鋭でお互いに意識し合い、切磋琢磨していた、すごい世界があったであろうことが著者山本健吉の目と言葉によって感じられます。冷やかし程度で読み始めた本書でしたが段々と熱ぽくなって来ました。

(大正から昭和初期の俳人たちの名句の裏側を覗いて見たいと思って、山本健吉著、現代俳句を読む)


by haikutarou | 2017-09-23 08:33 | 名句鑑賞

いつかうに日の衰へぬ梨を剥く   草深昌子

 季語は「梨」で食の秋を代表する果実の先がけとして出回るのが梨です。上五から中七にかけての「いつかうに日の衰えぬ」というフレーズは残暑の一日の夕方のこと言いながら夏から秋への季節の流れを詠んでいます。それがちょうど梨が店頭に並ぶ時期なのです。こんなにも瑞々しい梨が食べられるのに、太陽は衰えることを知らぬかのように照り続けていると嘆いているのです。

 俳人は季節の先読みをしながら季節の移ろいを詠んでいきますから、実際の季節の移り変りののろのろさにイライラすることもあるような気がします。


by haikutarou | 2017-09-22 21:32 | 句集鑑賞

稲架掛け


母屋から子女子繰出し稲架掛けり

鎌の先跳ねるは蛙飛ぶいなご

海図にはなき竜宮の帰燕かな


by haikutarou | 2017-09-22 00:13 | 「西瓜の種」(自作句集)