猫の話し(2)

以前、『童子』に所属していた時、アメリカ帰りだという女性が入会して来た。流石アメリカ仕込みという派手なファッションのその人は、最初の句会で私の隣に座った事から親しくなり、日本の俳句事情など色々と話しをした。

20代で渡米して、インディアナ大学の教授を定年で退官しての帰郷だとのことで、「日本語は良くわかりません」と言いながら、何のことはない、私より日本語は達者で俳句力も上だと思わせる句を投句していた。向こうでも愛好家を集めて句会を実施していたとかで、時々日本の俳人にも指導をお願いしていたそうで、童子とはその時の縁だと言っていた。

ある日、その彼女の飼っていた愛猫3匹の中の一匹が死んで、その時の彼女の悲しみ方が尋常ではなく、俳句どころか、食事も喉を通らないと、句会も2ヶ月欠席した。

妹が「うちの子」いうように自分の子供という思いなのだと認識を新たにした。

最近、猫好きの人の共通点が、なんとなく私にも判ってきたが,その話はまたいつか話そう。


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by haikutarou | 2018-07-31 08:32 | 日日闊達に(日記)

猫の話し(1)

伊豆に住んでいる妹の家には猫が4匹居る。近くに住んでいる兄妹だから、時々様子見に出掛けるが、いつも猫のことで喧嘩になり「もう二度とこないからな」「ああ、もう顔も見たくない、二度と来ないで」といった調子で喧嘩別れとなる。

4匹(以前は5匹)の猫が出入り自在で、どこをほっつき歩いたか判らない体で居間や食卓の周りをうろうろするのが嫌でたまらなかった。

ある時、病後の妹に「お互い独り住まいで何かと不便だから、一緒に住もうよ、そのためには猫を何とかしてよ」と持ちかけたことがあった。「何言ってんのよ、私はお兄ちゃんより、この子たちの方が大事なんだから、変なこと言わないでよ」それ以来、この話題はダブーとなっている。

最近、NHKの朝ドラ見ていて、その後の番組「岩合光昭の世界猫歩き」を何気に見ていたら、猫て以外と可愛いんだと思うようになり、時々私の俳句にも登場するようになった。


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by haikutarou | 2018-07-29 15:54 | 日日闊達に(日記)


作者、友岡子郷さんは昭和9年生れとあるから、私より10歳年上ということになり、かなりのご高齢である。

最今の長寿社会では驚きはしないが、それでも、この年齢で新たに句集を編むという気力に敬意を表したいと思います。

長く生きるということは、家族を、親戚縁者を、師を、友を、仲間を看取り、別れを告げながら生きる延びる事だと今更ながらに感じ、それに想いを馳せながらこの句集を読ませて頂きました。

幸いにして、私にも俳句があります。悲痛を越えた別れを俳句に託せたらいいなとも思いました。そしてある日、忽然と私の番が来ることを願いたいものです。


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by haikutarou | 2018-07-28 14:27 | たかが俳句されど俳句

男勝りの句集である。辞書を脇に置かないと読み進めない句集でした。

天為(有馬朗人主宰)の編集長として長年にわたり強者どもを引っ張ってきた気負いみたいなものが見え隠れしているように私には思えました。

そんな中で数少ない作者の「女」を詠んだ俳句が際立っていて私は好きでした。

この句集でひとつ学んだことは、重いフレーズを軽い季語でガス抜きする表現方法でした。

初学で習うことは「季語の本意働かせよう」ですが、その真逆で無味無臭の季語により上五、中七のフレーズを際立たせる表現方法もあるということです。

「逆も真なり」で俳句の奥深さの所以です。


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by haikutarou | 2018-07-27 10:35 | たかが俳句されど俳句

長いこと雑誌や新聞に投句を続けていると入選常連者の名前を覚えてしまうものだ。

そんな中に以前に世話になった結社で句敵だったやつ、憎からず思っていた女子もいる、ツイッターのメール仲間だった人も何人か居る。その人たちは大体当時の俳号を変えずに投句しているからすぐに判る。

入選が途絶えると、体調をくずしたのではないかと心配し、特選や秀逸に選ばれるとめらめらと対抗意識がもえあがる。多分相手も私のことを意識してチェックしてくれているはずである。

上位入選には「兄弟、おめでとう!この借りは来月返すぜ」とかなんと言いながら影ながらの乾杯をする。

決して直接メールしたり電話したりはしないと暗黙の了解で、この掟が気に入っている。

「おまえ、衰えたな!」と同情されないために、今月も頑張って投稿せねばという思いが俳句活動の活力となっている。


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by haikutarou | 2018-07-26 08:47 | 日日闊達に(日記)

俳句が出来ない時

連日の暑さでほうけていたら月末の投句締め切りが近づいて、「さあ、大変俳句作らなくちゃ!」と句帳を広げるも、頭の中が真っ白で何も浮かばない・・・とほほである。

こういう時はどうするか、妙案など無い、木陰の風の中に瞑想する、川の土手を歩いてみるも無駄である。

私はこういう時、「俳句が出来なくても殺されるわけでないし」と開き直ってみる、途端に12句閃く、後は一気呵成にバタバタと出来たりするから面白い。

人生なんてそんなものである。開き直ってみれば見えなかったものが見えてくるものである。


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by haikutarou | 2018-07-25 12:04 | 日日闊達に(日記)

○〈雑詠秀逸〉首伸ばし目玉ぎょろりりと羽抜鶏
  選者:西池冬扇
○〈雑詠佳作〉残雪の白馬連山五平餅
  選者:有馬朗人
○〈雑詠佳作〉投函のかるき鼓動や春の宵
  選者:夏石番矢
○〈兼題「解」佳作〉微睡の鮎解禁の朝来たり
  選者:岸本マチ子
○〈トーナメント入選〉お先にと逝ったあいつの夏帽子
   選者:堀本裕樹     (選者の敬称略)
  

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by haikutarou | 2018-07-23 21:40 | 雑誌『俳句界』入選作

正木ゆう子句集『羽羽』は俳句がより深くなって私には読み解けない句もおおくありましたが12年前の句集を思い出させる私の好きな句も多くありました。

そして、この十年間に未曾有の災害が起きたことが俳人正木ゆう子に大きな影響を与えています。

〈忘れてはならぬことを忘れず年歩む  ゆう子〉

〈絶滅のこと伝はらず人類忌  ゆう子〉


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by haikutarou | 2018-07-22 09:17

初めて買った句集

店頭で初めて手にした句集が『静かな水』(正木ゆう子)でこれまで覚えのない感動を覚えた記憶があります。

「俳句でこんなことも詠めるのか」「これが現在の俳句か」と・・・私が俳句にのめり込むきっかけとなった句集でした。

いや、俳句というより、俳人、正木ゆう子に惚れ込んだのかも知れません。

水の妖精のような彼女の俳句環境に興味をもって彼女の本を買いあさり読み更けりました。

『ゆうきりんりん』『十七音の履歴書』『句集「夏至」』『現在秀句』等々

私の俳句、いや俳句もどきの始めは写真に「5/7/5」の言葉を並べるNHKテレビの投稿欄で、季語の掟もなにもない言葉の組み合わせ遊びでしたから、彼女の俳句には感動を通り越して衝撃だったと思います。


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by haikutarou | 2018-07-21 08:46 | たかが俳句されど俳句

この句集は作者でなく、タイトルの『風の本』と帯の一句に惹かれて買った一冊だった。

〈桟橋の猫ふりむかず鳥雲に〉

透明な叙情に軽やか憂鬱が交差し、読者を心地よく裏切ってゆく。

第一句集『夏の岸』以降10年間の更なる深化を遂げた作品群

2011年に発刊されているから、私が俳句を始めて23年目の頃でこの句集には強い影響を受けたはずで自分はこういう俳句を詠みたいと憧れた。

あれから7,8年近づいては遠ざかり、また近づいてと未だにそんな繰り返しをしている気がする。


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by haikutarou | 2018-07-20 08:33 | たかが俳句されど俳句