蕪栗沼の雁


宮城県大崎市の蕪栗沼に雁の群を見に行ったのは東北大震災のあった2011年の晩秋でした。

蕪栗沼とその周辺の水田はラムサール条約(湿地保護条約)で保護されている地帯です。春の大震災で、その年も例年通りに雁が渡って来るのか関係者が気を揉んでいたが前年よりも多くの25千羽の雁が来たとのニュースに私もじっとして居られなくて蕪栗沼に向かいました。

沼からえさ場に飛び立つ2万羽の雁の地吹雪のような鳴き声と羽音に足が震えるような感動を覚えました。夕方にえさ場から群ごとに沼に帰って姿もじっくりと観察できました。

雁も「東北頑張れ」と応援してくれているんだねと話し合った、あの大感動は昨日のことのように鮮明に覚えて居ますが、もう7年まえになります。そうそう、丁度俳句結社「寒雷」一行の皆さんと同宿でした。句会にも誘われたのですが、俳句は始めたばかりの頃でちょっとレベルの違いを感じて辞退して、私は鳴子温泉に向かいました。

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by haikutarou | 2018-10-31 09:50

一日一日を丁寧に

JR東日本の会員クラブ「大人の休日倶楽部」が発足した当初から入会していました。昨今は旅も殆どしなくなった私ですが、このクラブの会員向け機関誌だけは購読し続けています。各地の情報が美しい写真と充実した記事で紹介され季節の香りが匂ってくるような旅気分を味わうように愛読しています。

記事の中に「大人の肖像」という現在活躍中の有名人が自分の生き様みたいなことを語るコーナーがあり、これも楽しみな記事の一つです。今月号は女優の原田知世さんで「一日一日を丁寧に生きる。それが一番大事なかな」という言葉が印象的でした。

本当にそうだなあと感じ入った次第です。


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by haikutarou | 2018-10-29 16:17 | 老いと暮らせば

岩木山登山の思い出

先日、何気に観ていたテレビ番組の『グレートトラバース:田中陽希の百名山一筆書き人力踏破』岩木山編を観ていて、遭難の危機一髪だった私の岩木山登山を思い出していました。

1999年の晩秋、青森県の岩木山登頂の登山口には林檎畑に赤い実が青空に映えて山頂での大展望を約束してくれているようでした。ところが、登頂途中から天気が急変して山頂近くでは雪も降り始め山頂は白銀の世界で視界はゼロでした。

山頂からの展望を楽しみに登ってきた相棒のかみさんは疲れと失望で山頂の避難小屋の隅にうずくまるように意気消沈していえます。

ここで明日の天気回復を期待して初期の目的を果たすか、即刻下山するか私に判断の時がきました。

雪山の装備はなく、食料も節約してせいぜい2日でした。何より私の頭の中にあったのは「北の山は不慣れで怖い」という思いがあり、即下山を決めました。下山と決めたら、こんな処でぐずぐずしては居られません。くずるかみさんの尻を叩きながら無事下山して何とか事なきを得ました。

その雪がその年の岩木山の初冠雪でした。


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by haikutarou | 2018-10-27 16:10 | 日日闊達に(日記)

「10月号」

○万緑や土偶は出臍隠さずに(雑詠・佳作)

 選者 有馬朗人・夏石番矢

「11月号」

○昼顔の夜を案じる昼であり(雑詠・秀逸)

 選者 稲畑廣太郎

○瀧壺の肺痛くなる青さかな(雑詠・佳作)

 選者 西池冬泉

     (敬称略)

時の流れの早いこと、今年こそは「年間大賞」なんて途方もない夢で始まった投稿も残り2回となり、良かったり悪かったり変り映えしない一年になりそうですが、最後まで頑張りたい。


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by haikutarou | 2018-10-25 09:08 | 雑誌『俳句界』入選作

俳句における自己表現

句会の中で「これは○×さんの句でしょう」と名乗りの前に判ってしまう個性的な(?)作品に得意満面になっている内はまだまだ初心者の枠を抜け出していないのです。いや私がそうでしたからよく判ります。二次会までも得意になって自句自解していました。座がシラケかけているのに長々と、いやいや今思い出しても赤面してしまいます。

では俳句で自己表現は出来ないでしょうか?

例えば、写生俳句、客観俳句でもそれが10句、100句とまとまったときに香りや色、形みたいな作者の個性が微かににじみ出るようなものが俳句の自己表現だと今は思っています。

句会は一発勝負の作品発表の場です。自作に人気が集中すれば「やった!」と表情は緩みます。逆に無選で終われば落ち込みます。私などは横浜からどうやって自宅の厚木まで帰りつけたか判らないほど落ち込んだものです。

最近判ったことは、句会での評価に一喜一憂しすぎないことです。大切なのは句会の後で選評を参考にしながら納得いくまで推敲を重ねることだと私は思っています。

そして、「これが自分の言葉で詠めていて好きだ」という作品を大切に残していけば、その山から自分らしさがにじみ出てくるのではないでしょうか。


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by haikutarou | 2018-10-23 10:05 | たかが俳句されど俳句

固定観念

固定観念

どうやら私は人並み外れて固定観念が強いようです。

俳句に固定観念は大敵だということが段々と判ってきましたが、でも今更という気もあり、というよりこれが自分だという思いいで素直になれずに、自分との戦いに思わぬ道草をくって此処まで来るのに10年もかかってしまいました。

私は6歳の時に、父の病気で家族と離れて高松市から父の故郷だった山口県の現在の長門市で祖父母の所で暮らしました。高松市は当時アメリカ軍が進駐していて、大きなビルの病院やデパートもある都会でしたから、日本海に突き出た半島の祖父の住んで居るところは海と山しかないような所で闇の中にひとり放り出されたようなショッキングな出来事でした。子供でも木登りや海での泳ぎが出来ないと生きていけない様な処で、べそかきながらも祖父の後を追いかけて、生きるすべを学ぶ日々は今でも昨日事のように強烈な思い出となって残っています。

天気良い日は海岸に寝転んで水平線に沈む夕焼けを眺めていました。それは海も空も真っ赤に染めて目が痛くなるほどのスケールの大きな美しさで、その風景を見ながら、父母を呼び、色々な夢をみる少年でした。

それが私の固定観念の元祖だったのかも知れません。


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by haikutarou | 2018-10-21 20:09 | 日日闊達に(日記)

「四季の山野草」

私が会社を退職して5年間を住んでいた小田原市では小田原、足柄を中心に毎日のように歩きました。その目的は写真撮影でしたが、それと同時にやっていたのが、野生植物の名前調査でした。撮った写真の整理に植物の名前が必要だったからで、昼間は歩き、夜は名前調べの毎日でした。その時に世話になったネット辞典が「四季の山野草」でこのアプリは優れもので現在でも進化しているようです。

当時、植物の名前は無知で知っているのは「すみれ、たんぽぽ、れんげ草」くらいで、写真といえども本名付をけてやらないと雑草です。花弁の枚数と色から、200から300ある候補から絞り込んでいくのですが、マウスをクリックするのに腱鞘炎にかかったくらいでした。

でも、歩きながら名前の判る植物がどんどん増えていくのは楽しかったですね。

農家の人達と道端会話しながら地域の暮らしや農作業の知識を得たり、作業を手伝って、取りたて野菜をゲットしていたのも此の頃でした。

当時はまだ俳句は始めていませんでしたが、この小田原での5年間に蓄えたものが現在の私の俳句を支えているといっても過言ではなさそうです。


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by haikutarou | 2018-10-19 15:18 | 日日闊達に(日記)

文語文法(その2)

前回紹介した「俳句のための文語文法 実作編」一通り流し終えました。一通りというは、まだ完璧ではないという意味です。煮ても焼いても食えないやつで二度や三度で理解するのは無理な代物なんです。いやいやホントに。

今回は「係結びの法則」なんて聞いただけでも逃げ出したくなる項目に勇気をだして突っ込んでみました。実際に中に入ってみると係助詞の対象助詞は5文字で、その内の俳句で使うのは「ぞ」と「こそ」の2文字だけなんですね。こうして俳句に関係する項目だけに絞りこめば他の項目も何とかなりそうな気がしてきました。それが今回の収穫です。

私が俳句入門で最初に用意した道具は歳時記と文語文法と旧仮名遣いの解説本、それに電子辞書でした。漢字を書けない、読めない私には電子辞書は必需品でこれを忘れると句会を遅刻しても取りに帰えるほどです。

実は難解な文語も旧仮名もこれがあれば8割位は調べることが出来ると思います。

最近こそ、俳句入門書に便利な道具として電子辞書をあげていますが、私が俳句を始めた最初の頃は、私が便利に使い熟しているのをみて使い出した句友が多かったと思います。


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by haikutarou | 2018-10-17 19:32 | たかが俳句されど俳句

ヨガ教室

 50歳代のある時期にスポーツジムのヨガを始めた。

 外から見たところ結構若い女性が多かったので興味津々で飛び込んだのがヨガ教室でした。

 身体を伸ばす運動が気持ちよくてしばらく続けていた一ヶ月目位のときに先生が私に言う。

「あなたはヨガの90分間はお腹を凹ました状態を続けてポーズして下さい」

「え、そんなの無理では?」

「大丈夫、お腹を凹ました状態で呼吸できますから」

「無理ですよ、そんなこと」

「やるんです!」

 不器用でお腹ポコンの初老のおよそヨガと似つかわしくない男子に我慢の限界に達したのであろう。

 そんな会話を聞いていた教室の皆から大爆笑がわき起こった。彼女たちも私のポーズに笑うに笑えず我慢していたようだった。

 とてもそんなこと出来ないと思っていた、お腹凹まし呼吸が少しずつ出来るようになり、相変わらずの芋虫君だが一生懸命さを受け入れてもらえて、その先生が教室を辞めるまで一年半くらい続いたと思う。

そして今、当時使っていたヨガマットを自宅の床に敷いてゴロゴロ転がっている。

当時の準備運動程度だが、それでも身体を伸ばすのは気持ち良い。


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by haikutarou | 2018-10-15 01:57 | 日日闊達に(日記)

明日は句会

 明日は月一回の句会です。つい半年前まで週一回の句会をこなして来た身にはすごく楽で俳句のことは忘れてしまいそうです。句会一週間前になって慌てて何とかつじつま合わせをしょうとするがそうそう上手くはいいません。私もある程度即吟には自信あったんですが、やはり自信作は出来ませんね。これでは10年やっても、20年やってもレベルはそう変わらない気がします。こつこつと数多く詠んだ中からピカリと光るものを探し当てるしか方法はないと確信しました。

出来映えを競い、成長していく自分を楽しみたいと思うのが趣味だと私は思います。ならば腹を据えて臨まないと本当の楽しみはやって来ない気もします。

他方で俳句仲間とコミケ-ションを楽しむのだというのも句会の楽しみ方ですからそれはそれで徹底すればよいと思います。


画像の草の実は「鵯上戸(ひよどりじょうご)」で、ヒヨドリが好んで食べる事からの命名だそうです。

別名「蔓珊瑚」ともいいます。

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by haikutarou | 2018-10-11 21:53 | たかが俳句されど俳句