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今年も暖冬だが

 今年は「木枯一号」が吹かないようです。木枯一号が観測される条件として10月半ばから11月末日までの期間で気圧配置が西高東低、風速8m以上が設定されており、今日も穏やかな小春日和ですから、ほぼ可能性はないということらしいです。

 この冬はエルニーニョ現象で暖冬だそうです。年寄りの身には暖冬はありがたいのですが、地球温暖化が拍車をかけている気がして地球の未来が心配です。現在、この地球に生存している人間には大した影響は無いかも知れませんが、現在一歳の赤ん坊が70歳になり、その孫、ひ孫の時代には地球の危機感が現実味を帯びている可能性はあります。例え未確定情報であろうと、我々の子孫にそんな負の遺産を残して良いわけはありません。

例えば塵ひと粒くらいの効果しかなくても、私はファンヒーターの温度を半減して重ね着で着ぶくれでみようかと思っています。少年時代の事を思えば何でもないことです。


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by haikutarou | 2018-11-30 14:42 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

気持ち良い吟行

 昨日(11月27日)は久しぶりの句会の仲間と冬野を楽しく歩いた。

明け方までの雨も歩き始める頃には気持ち良い小春日和となり、何より体調の良さが気持ち良さに拍車をかけていたと思う。歩数計によると一万歩以上歩いていたらしいが、私に五千歩くらいの感じであった。

 余りの気持ちの良さに句会に投句した俳句は季語が抜けていたりと散々であったが、句会での先生の句評を参考に推敲したのがであり、何より昨日、其処を歩いたから頂けた俳句だと世話下さった担当に感謝です。

 以前お世話になっていた結社では、俳句を理由に集まって楽しく遊ぼうというというような句会だったが修行中の私はカリカリと俳句を作っていた、今なら皆と遊べそうな気もがする。

 何歳になっても「たら」「なら」がつくのが人生であり、今をしっかり生きているということだろう。


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by haikutarou | 2018-11-28 09:41 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

今朝の折々のことばは

「美しいものが美しいのではない。 美しく使われているものが美しいのだ」(高木基)の写真集『MA INTENANCE』の解説を取り上げていた。

私は大自然の四季折々の美しさにカメラを向けてきたが、確かに人間が作り使っているものにも目を向ければ美しく使われているものは多くあると思った。

内臓脂肪過多で控えているホルモン焼きの看板が夕暮れ空に輝いていた。駅前の小さな公園に私の好きなベンチがあり、その椅子に腰掛けている老夫婦の寄り添う姿も美しいと思うし、若いカップルの夢を語り合っているであろう様子もよく似合うと思う。

しかし昨今は盗み撮りしたともわれる画像がネット上溢れ過ぎている気がするから、にわかカメラマンには道義を求めたいし、作品として正面から向き合っている美しさを大切にいきたいと思う。



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by haikutarou | 2018-11-26 11:03 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

本棚の整理

この頃、本棚に並ぶ背表紙を眺めながら、これ、もう一度読んでみたいと思ったものを読んでいる。同時に、あの本をもう一度読みたいと探すが見つからない本もかなりある。きっと一時の気分で処分したのであろう。無いとなると無性に読みたくなるもので短絡的な気分を嘆いている。

私はある日、衝動的に本棚の整理をする癖がある。整理だから、現在に興味のある関連本が表側にでて、これは何時か読みたくなるだろうくらいの本は裏側に回っていき、裏側からもあぶれたものは廃棄される運命となる。120cm幅の7段という小さな本棚だから仕方ないのだが、現在は俳句関連が正面を占めて裏側にまで回る勢いである。

それにしても、俳句はなぜこんなに多くの本がたまっていくのだろうか。俳句に集中している期間が長いせいもあるが、何時か役に立つかも知れないと思うから捨てられないのだ。でも、いささか食滞気味で今回、思い切って大幅に処分して俳句以外のものも残せるスペース作った。


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by haikutarou | 2018-11-24 10:55 | 日日闊達に(日記) | Comments(0)

冬の名句(2)

矢島渚男句集「冬青集」から

句集のタイトルとなっている冬青(そよご)はモチノキ科の常緑樹で赤い実が美しいが、常緑の葉っぱに隠れて目立ちにくく、冬の季語としては歳時記によりまちまちのようである。

作者の後書きの一部を抜粋する“地球生命の誕生から人類へという時間の縦軸、変転する国際社会や自然環境という空間の横軸が交わるところ、一個人の生活と意識も揺らぎつづけてやまない。この人間という生物のなんという不思議さ。伝統の短詩型で、それを如何に受け止め得るか、怠情かつ不才にして力及ばないが、拙い試行の記録にはなろう”

私は句集を読む時は後書きから先に読によみます。作者がどのような思いで作品を編んで一冊の句集したのかが多少でも理解出来れば短詩型の解読の助けになるからです。

作者は長野県在住で雪の多いところで、タイトルからして、これぞ、まさしく冬の句集だろうと思い、句集の中から私の好きな冬の作品選句してみました。

ちなみに、この句集は2016年度蛇笏賞の受賞句集である。



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by haikutarou | 2018-11-22 09:48 | 名句鑑賞 | Comments(0)

冬の名句(1)

初学の頃「先人達は良いとこ取りでずるいよ」とか、「もうこの季語は言い尽くされているよ」 と頬ふくらませながら句作続けている内に「日本語はすごい、言葉の組み合わせて無限だよ」と思うようになりました。その無限の組み合わせの中から、これだと閃かせた先人達の名句の数々に只々ため息しかありません。
どうしたら、このような素敵なフレーズを得ることが出来るのだろうか・・・・
句会の合評で「天からさずかりました」となんて作者の声を聞くことがあるが言葉にすれば本当
にそうなのだろうと思います。その為にはもっともっと感性を研ぎ澄ませねばなるまい。

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by haikutarou | 2018-11-20 09:22 | 名句鑑賞 | Comments(0)

山茱萸の果実酒

この時期になると毎年のように木の実の探し歩きを楽しみにしています。今年は山茱萸が大豊作で鈴成の実を夢中で取りました。この実は滋養強壮効果があるとされていますが、この実を取っている人は見かけません。現在はもっと効果のある市販の滋養強壮剤が溢れている時代ですから、木の実なんて当てにされないのでしょうが、自分の足で探し歩いて、見つけた時の喜び、果実酒に仕込むときの楽しみはやってみないと判らないことかも知れません。

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今年は柿も大豊作でどの柿の木も鈴成の実をつけています。明確には言えませんが野生のものは大体7年周期で大豊作を繰り返しているようです。それに気付いたのは丹沢山のシロヤシオ(躑躅の花)で登山道がシロヤシオのトンネルになるのが7年周期だと登山仲間で共有していました。最近は丹沢もご無沙汰です。



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by haikutarou | 2018-11-18 09:32 | 老いと暮らせば | Comments(0)

鴨渡る

「鴨が来ているよ」の情報に会いに行ってきました。まだ渡りの数は少ないが鴨が来ると散歩が楽しくなります。毎年、鴨たちには俳句を多く詠ませて貰っているので鴨池3カ所を回って、この冬もよろしくと挨拶してきました。

 ずっと違和感を抱えてだましだましきていた股関節の古傷が夏場からの重点フォローアップでかなり解消出来て、一歩一歩が地面を踏み込んでいると力強さ感じられ長時間歩いても疲れが半減した気がします。5時間歩いてもしっかりと太地を踏んで帰宅出来たのは嬉しかったです。

 大事なことは先なのです。調子にのって「さあ、歩くぞ」とつい無理をしてまた故障してしまうという悪循環を今回こそは繰り返さないことです。淋しい事ですが、もう無理の効かない年齢なのだという認識がやっと染みついてきたようです。

 私から無理をとったら抜け殻になるような気もしますが、今大事なのは身体に良い事を徹底させようと誓ったばかりですから・・・・


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by haikutarou | 2018-11-16 21:46 | 老いと暮らせば | Comments(0)

 作文で褒められたことは嬉しかったが、あの頃の私はとにかく強くなりたかった。「もやし子」といじめる山猿たちと喧嘩して負かしたかった。大木のてっぺんまで登りたかった。だって奴らには「作文入賞、なんだそれ」と屁のかっぱで何の力にもならないと判っていた。

 中学生になって、私は図書室からグランドに出て野球に夢中になった。3年間補欠だったが、真っ黒に日焼けして、だれも「もやし子」と言われなくなったことで偉くなった気がしたものだ。

 これは大人になってから妹から聞いた話しだが、父が妹に「おまえが男だったら良かったのに」と言ったそうだ。それで納得というか、私ひとりを田舎にほっぽり出した父の本意が少し判った気がした。

きっと自分の死が判っていて強くなって欲しかったのだと思うが、そんなこと子供には判るはずもなく、父の死も悲しまない私を見て、親戚の叔母さんが「父さん死んだんよ、悲しくないの」と言ったのを覚えて入る。 
でも父の見立ては正しかったわけで、妹は女だてらに小さいながら、自分で会社を興し一国一城の主となってサラリーマンの私を散々馬鹿にしていた。


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by haikutarou | 2018-11-14 09:31 | 老いと暮らせば | Comments(0)

深まり行く秋の山裾を歩きながら、小学5年生の時のことを思い出そうとしていた。というのは前夜(11月6日)のラジオ深夜便「明日のことば」のコーナーで詩人の佐相憲一さんの小学5年生の時に担任に作文を褒められたのが文学に興味を持ち始めた原点だったという思い出話をきいていて「ああ、自分も同じような思い出があると思ったことから詳しいことを思い出そうとしていたのだ。

 それは作文の宿題で『自分が感じた秋の風景』のようなタイトルだったと思う。内容は覚えてないが山里の暮らしにだんだん馴染み好きになっていく様子を書いたと思う。

その作文の宿題にそれまで貰ったことのない大きな花丸が付いて返ってきた。それからしばらくして先生から「この間の作文すごく良かったから作文コンクールに応募するからね」というようなことを言われて、訳も判らずに頷いていたと思う。それから半年後くらいたった、ある日、職員室に呼ばれて「さかた君、あの作文入選したよ、すごい、すごいよ」と自分のことのように喜んでくれて、馴れない田舎暮らしにいじけていた少年に自信を与えて救ってくれた大恩人のおんな先生でした。

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by haikutarou | 2018-11-12 12:46 | 老いと暮らせば | Comments(0)