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「蒼穹」

蒼穹を鵙ほしいまま曼珠沙華 川端茅舎


朝の俳句復習時間に巡り合った一句ですが、なんだ、季重なりではとスルーするのは早急です。

作者は真っ赤に咲いている足元の曼珠沙華を愛でています。少し離れた林の枝先に鵙のキィーキィー鳴き声に顔をあげて視線をそちらに移すと更にその先に真っ青な大空が広がっていたのです。

近景から中景、遠景へと秋の大きな景色を見事に表現されています。


さて今朝の主題は「蒼穹」で高校の担任が自分の進むべき進路の参考になるからと、クラスで始めた分厚い大学のノートの交換日記の表紙が「蒼穹」でしたから、この文字に何十年ぶりに出合って懐かしさが込み上げてきて目頭が熱くなったのでした。


当時は舟木一夫さんや、三田明さんの「高校三年生」「美しい十代」が大ブレークしていて、そんな歌詞の中にも「交換日記」という言葉あった記憶があります。

映画では絶対アイドルの吉永小百合さんがいて、やいや、ホントに輝いていた美しい十代でした。


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by haikutarou | 2019-09-30 07:00 | 折々の一句 | Comments(4)

昆虫たちが隠れるように巣穴の戸を閉ざし巣ごもりの準備を始める頃だそうです。いつの間にか我が家のベランダで鳴いていたコオロギの鳴き声がいつしか聞こえなくなりました。プランターの土にもぐり込んだのでしょうか?


娘が小学生の頃、近くの空き地にコオロギ取りに行った事がありました。虫かごを買い、餌を買ってやると一生懸命に飼育(?)していましたが、すぐに飽きちゃって餌やりは親父の担当になり、その親父も色々ありまして留守がちとなり、空の虫かごがカラカラと転がっていました。

それでも不思議なことに秋になると毎年欠かさずに鳴いていました。


その娘も40歳のおばさんになりましたが、まさか、あの時のコオロギを祖先とする子孫が今も秋になると出てきて鳴いている・・・

まさかですよね。でも、もしそうだとしたら感動しちゃいます。私は泣いちゃいます。


先週、プロ野球、ジャイアンツの原監督がリーグ優勝で選手の前で大泣きしている姿がテレビ画面に大写しされていました。そうなんです、老いてくると涙腺が緩んでくるんです。


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by haikutarou | 2019-09-28 07:05 | 七十二候 | Comments(0)

露草

やっと気持ちよく歩ける季節になってきました。

昨日の朝の空いっぱいの鰯雲、つくづく秋になったと気付かされました。

私は自宅の片隅をトレーニングスペースにして、エアーバイク、ステップマシン、ヨガの真似事で室内運動がメインですが、週一、二回ペースで川土手の遊歩道を約2時間歩いています。


早朝、ほぼ決まった時間で歩き始めるのですが、大体同じ地点ですれ違う人が4,5人います。

最初は偶然と思って過ごしていますが、三回、四回と重なると次第に挨拶をするようになります。

その人が現れない日は「どうしたんだろう」と気になり始めます。

そんなときに、綺麗に咲いていた露草に呟いた一句でした。


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by haikutarou | 2019-09-26 07:00 | 自句自解 | Comments(6)

夕立の時に鳴る雷が姿を消す頃だそうです。

子供の頃、土砂降りの雨の中、ゴロゴロ、ピカの雷さまに追い掛けられるようにして走って家の中に逃げ帰っていました。

そういえば、最近、天気予報に「夕立」という言葉が姿を消し、「集中豪雨」という言葉が頻繁に使われるようになりました。

子供たちが外で遊ばなくなって、雷様もつまらなくなったのでしょうか?


昨日(日曜日)は私の贔屓するアスリートたちが次々と優勝を決めていき、何とも嬉しい中に忙しい一日でした。

まず一人目、大阪市で実施の東レ・パン・パシフィックオープンテニスで大坂なおみ選手が生まれ故郷の大坂大会ということで、どうしても勝ちたいという気合いが入り準々決勝からの三試合に相手を圧倒しての堂々の初優勝でした。


二人目が全英オープンで一躍、時の人となった、ゴルフの渋野日向子選手が女子ゴルフ・デサント東海クラシックで最終日八打差をひっくり返しての大逆転優勝で久々の渋野日向子スマイルが全開でした。やはり笑顔の似合うゴルファーです。


三人目は大相撲秋場所千秋楽で関脇御嶽海が優勝決定戦で関脇貴景勝を下し二度目の優勝でした。

一日に良いこと、嬉しい事が重なる例えとして「盆と正月が一度に来た」と言いますがそんな感じでした。

テレビの放送チャンネルを良いタイミングに合わせるのに大活躍したのがスマホでした。


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by haikutarou | 2019-09-24 07:10 | 七十二候 | Comments(4)

曼珠沙華

小学校の理科の時間は校外授業の好きな女先生でした。

その時間が好きだったのでしょうね。その先生の一言一句はよく覚えています。

「曼珠沙華は昼と夜の時間が同じになった時ににょきょにょきょと地上に出て花を咲かせます」「○×くん、今日は何日ですか?」

9月20日です」

「そうですね。明日はお彼岸で夜と昼の時間が同じで、学校もお休みですね」

「来年も9月20日には咲きますよ。○×くんの宿題のように忘れたりしません」


それからは毎年、秋の彼岸には曼珠沙華の花が咲いているか確認して「おお、咲いてる!」と妙に感動していました。


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by haikutarou | 2019-09-22 07:00 | 折々の一句 | Comments(4)

牛膝(ゐのこづち)

ある日妹に「お兄ちゃん耳が遠くなったの?最近、「え?」と一度は聞き返しているよ」と言われてはっとしました。

50歳の頃に老人になってもこれだけはやらないでおこうと決意した事があった。

椅子に座るとき、起き上がるときに「どっこしょ」の声を出さない

会話でやたらに聞き返さない

うつむいて歩かない

はまだ大丈夫、②これが今回の妹の指摘、③これはやばい感じで、歩くとき足元が気になりだした(これは体感が緩んできたせいかも、やばいです)


相手の一言に聞き返すのは耳の聞こえも悪くなったこともあるが、多いのは耳から入ってきた情報に脳の回路がビビと処理できなくなり、そのタイムロスが「え?」なのだと最近になって理解してきました。


例えば、この季節に草原を歩くと洋服に草の実が一杯つきます。

此処からは読者の読みしろで俳句の余韻です。

「これ、なんだっけ?」

「いのこずち」

「え?」と必死に「いのこずち?、いのこずち?」脳を回転させています。

「そうだ、草虱だ、草虱の中の一種だ」その間23秒でその間が「え、?」なのです。


今日の俳句をここまで説明すると読者は「なんだそういうことか」と途端につまらなくなるのです。

だから、自句自解は自分の首を絞めることになりかねないから難しいのです。


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by haikutarou | 2019-09-20 07:00 | 老いと暮らせば | Comments(6)

各地で稲刈りが盛んになる頃になるといつの間にか燕の姿を消していることに気づいて「ああ、燕が南方に帰ったな」と空を見上げたりします。


燕にとって日本列島は故郷であり、子育てのための大切な所なのです。

昔の学校では「燕は稲につく害虫を餌とする益鳥だから、大切にすべし」という教えがありました。それは家庭でも大人たちが率先して大切に扱う事が徹底されていたように思います。例えば自宅の鴨居や座敷に巣を作っても、下に糞を落ちないように巣の下に板を張ってやり一緒に寝起きしていた記憶があります。


燕の大敵は卵を狙う蛇で、それを寄せ付けない人家は最も安全あり、側の田んぼには餌が豊富にある、まさに最適の子育て場所だったことでしょう。

そうして、人間と燕の共存共栄が稲作の始まった弥生時代から続いてきました。

しかし、最近のたった50年の急激な変化はその蜜月時代を終わろうとしています。

昔の人は自然界の中の生き物として自分たちの限界をきちんと理解していた気がします。


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by haikutarou | 2019-09-18 07:00 | 七十二候 | Comments(4)

槍ヶ岳と金メダル

私の登山で忘れられない一座は名峰槍ヶ岳でのことでした。

横尾山荘で一泊した私たちは一気に槍ヶ岳山頂直下の山荘を目指して歩き始めましたが途中から雨が降り出し、午後からは本格的な雨となり、寒さでペースも落ちて秋の短日は暮れ始めてきました。万事休すで遭難も覚悟しながら最後の力を振り絞っているときに山小屋の灯が見えたのです。


雨は翌日もさらに強くなり降り続けていました。

そんな時、山小屋のテレビがシドニー五輪の女子マラソンの実況を流し始めました。山頂には登れない、このまま下山する訳にはいかない連中が20人くらいいて、高橋尚子選手の金メダルがその憂さを振り払ってくれました。


高橋尚子選手がゴール手前の5キロ地点くらいでしたか、手袋を投げ捨て「さあ、いくよ!」と見せた表情は今でもはっきり覚えています。

テレビを観ていた皆からも「尚子」コールもでて熱く盛り上がりました。


結局次の日も雨は降り止まず、滑るからと登頂禁止されて殆どの人達が山頂を諦めて下山していきましたが、私と相棒さんはもう一日待ちました、そのかいあって3日目は朝から快晴の「槍の穂先」と呼ばれている山頂は足が竦んでしまうほどの高さと透明感でした。


高橋尚子選手の金メダルは2000924日でしたから、19年前の56歳の時でした。


写真は『そらいろのパレット』さんの「横尾山荘から蝶ヶ岳」(201995日)からお借りしました。

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by haikutarou | 2019-09-16 07:00 | 老いと暮らせば | Comments(8)

鶺鴒が盛んに人前に姿を現す頃です。

鶺鴒は我が国の固有種で古くは日本書紀にも現れて、特徴の尻尾を振ることでイザナギ、イザナミに男女の結合を教えた鳥として歳時記にも記載されています。


農道を歩いているとつつつと私の前に現れ「ご用ありましか?」という如くに首を傾げる仕草が可愛いですよね。


私は結構な数のブログをフォローして毎日の回覧を楽しみにしています。

最近はオーナーの名前と内容が一致しているブログも多くなり、一段と楽しみが増してきました。


野鳥カメラマンのブログも多くなり、野鳥の生態に興味がありますが、名前はなかなか覚えられません。梢や草藪での鳴き声で名前を言い当てるのは神業におもえます。


以前、山歩きの仲間に「歩く植物図鑑」と呼ばれている人がいて「覚え悪いわよ」と呆れられ、怒られながら必死に覚えた野草の名前も段々思い出せなくなってきてさみしい限りです。


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by haikutarou | 2019-09-14 07:00 | 七十二候 | Comments(2)

百人一首と実かづら

母は使いもしない百人一首歌留多を大事にしていました。

時々子供たちと「坊主めくり」をして遊んだが決して子供の遊び道具にはさせなかったのは、いつの日かまた歌留多取りで遊ぶ日が来ることを夢見ていたのかもしれません。


今日の一句は本物の実かずらの実を見つけた時の母の喜びようから、私が勝手に母の好きな一首と思い巡らし、実現することの無かった母の歌留多取りへの供養でした。


私も後年にある縁から、百人一首歌留多会にトライすることになり、一年間ですべて暗記したことがあります。

練習で、ずるして自分の好きな札を目の前に並べていても、「あ、あ、あ、」という間、いや「あぁ」という間で、にさっと横取りされてしまいます。

歌を覚えていることと、その札を取る事とはまったく別物であり、あれは完全なスポーツで「こりゃ老人には無理」と思い知らされたのでした。


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by haikutarou | 2019-09-12 07:00 | 自句自解 | Comments(0)