有る程の菊抛(な)げ入れよ棺の中   夏目漱石

 著者によると、対象の故人とは大塚楠緖子『お百度詣』の作者であり、漱石の意中の人であったという。漱石はその前に胃潰瘍で一時、人事不省となる危篤状態を宣言されたほどの大病を煩ってをり、死について敏感な時期の知人の死に高揚したのであろうとの解説である。
 漱石は小説『三四郎』にしても、『坊ちゃん』して男女の恋愛感情は読んでいて物足りない思いがするくらいに淡泊である。実生活においても精々俳句で自分の思いを表現する程度の淡泊さだったのかも知れない。


俳人たちの名句の裏側を覗いて見たいと思って、山本健吉の現代俳句を読んでいる)


# by haikutarou | 2017-09-11 08:53 | 名句鑑賞

ずぶ濡れとなれば走らず大夕立    渡辺萩風

鉄砲百合四つ開けば四方向く     内田恒生

秋が来てひとつひとつの食器かな   阿知波裕子

鬼灯を鳴らす何やら奮起して     高橋喜和

帰省子にいつもの箸を揃へけり    枝澤聖文

# by haikutarou | 2017-09-10 08:25 | 朝日俳壇

柿食うて少々長き余生かな

秋茜更に奥院あるといふ(主宰添削)
(蜻蛉追ふ更に奥院あるといふ)「追ふ」が不要。極力、動詞は使わない

をなごらの美男葛に騒ぎけり

表具屋に木屑の匂ひ白露の日

ころげつつやがていびつに露の玉

旧道の湖底に伸びる水の秋

まよひ蛾の障子を叩く厄日かな

# by haikutarou | 2017-09-09 06:33 | 「西瓜の種」(自作句集)

毛利台俳壇に投句
軒下に合羽吊して鮎の宿

囮鮎光りの中に放ちけり

同じ地域に居住されている草深昌子先生(「結社青草」主宰)の推薦で毛利台俳壇に投句しています。


# by haikutarou | 2017-09-08 19:13 | 「西瓜の種」(自作句集)

俳人たちの名句の裏側を覗いて見たいと思って、今日から山本健吉著の現代俳句を読み始める。


行く我にとどまる汝に秋二つ   正岡子規

柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺

いくたびも雪の深さを尋ねけり

鶏頭の十四五本もありぬべし

五月雨や上野の山も見飽きたり

糸瓜咲痰のつまりし仏かな

どの句も多くの人に語り尽くされている有名な作品ばかりですが、殆どが病床での作句でこんなにも穏やかな俳句が詠めるものだろうかと思いながら、使命感もあったと思うが、俳句が好きだったことは間違いない。

「蝸牛(ででむし)の頭もたげしにも似たり」

著者(以下山本健吉)も自嘲の気味であり、自慰の気味もある。角を振りながらおずおずと頭をもたげる蝸牛に似た感じで、病床からそっと頭をもたげているのあろう。
私だったら、こんな俳句ばかり詠んでいる気がするが、そこが非凡と凡々の違いなんだと思う。


# by haikutarou | 2017-09-07 06:00 | 名句鑑賞